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東三河エネルギー研鑽会の探求

穂の国東三河を中心に、三遠南信の歴史と謎、エネルギーを探求しています。またブログタイトル変えちゃいました。

  1. 隠れ南朝伝説
  2. cm: 15
  3. [ edit ]

遠州ノ秘境 南朝ノ里 崩壊ス( ̄▽ ̄;)

静岡県浜松市天竜区春野町小俣京丸という所があります。

kyoumaru001.png


秋葉山本宮秋葉神社のある秋葉山よりさらに山奥にあるその場所は、日本百名山の著者・深田久弥(きゅうや)氏でさえも、「疲れた、参った」というほど、行くのにかなり大変な所で、そんな険しい道のりを越えて行った先にあるのが、秘境ともいわれる小俣京丸にある小俣の里と京丸の里。

京丸山の南東、京丸川の上流にかつてあった集落が京丸の里で、遠州七不思議のひとつ、60年に一度、たらいのようなドでかい花を咲かせるという「京丸ボタン」の伝説で知られる場所です。そして、京丸川の南部を流れる小俣川の右岸にあった集落が小俣の里。この二つの地域は南朝の隠れ里でもあるのです。

遠州地方の南朝伝説探りの参考にさせていただいている「かわいい花ちゃんのブログ」というブログがあります。不思議な縁や不思議な出来事が重なったことから南朝の京丸や宗良親王(むねながしんのう)、尹良親王(ゆきよししんのう)を探究されているという方のブログなのですが、つい先日の9月7日の記事に、「小俣の里が昨今の大雨で土砂崩れが起こり、崩壊してしまった」と書かれていて、大ショックを受けたエネ研なのでありました

「ほ、崩壊・・・

携帯電話も圏外で、山ヒルや黒マムシもいて、もしマムシに噛まれたら町にたどり着くまでに命が持つだろうかなんて話もあって、少々ビビってはいましたが、一度訪れてみたいと思っていました。昭和41年に廃村になってしまった地域ではありますが、600年存在してきた里は、どうやら土砂崩れで押し流されてしまった様子です。

石で組まれたあまりにも立派な水路も崩落してしまったのでしょうか・・・。

かわいい花ちゃんさん曰く、「ここに南朝の御所があって、三種の神器もここにあったのではないかと思う」とのことで、分け入るのに困難な山奥に作られた立派な石組の水路をみると、何らかのものがここにあったのだろうと考えさせられる場所です。

今までも様々な自然災害はあっただろうに、それでも600年間ずっとそこに存在してきた里が、昨今のゲリラ的な大雨であっけなく崩壊してしまっただなんて、そんなことがあっていいのだろうか・・・(>_<) それほど最近の自然災害というのは強烈ってことなんでしょうか

さて、南朝の隠れ里といわれる小俣京丸という里。謎に包まれた南朝の話でもあるので、詳しいことはよく分からず、また諸説色々とあるのですが、長野県浪合村で自刃された尹良親王(宗良親王の皇子)の首を高塚山に葬り、それを小俣の里よりさらに深い山奥にある京丸の里でずっとお守りしてきたのが藤原さんという家なのだそうです(何年か前に山を降りられて、今は家だけが残っているようです)。

北朝に見つからぬように、山深い僻地へ身を潜めた南朝の人々。そんなひっそりとした京丸の里の民話に「京丸ボタン伝説」という悲話があるのです。

・・・足利の世。追われた南朝は山奥に隠れ住むようになった。京丸もそんな落武者の里であった。

大嵐の過ぎ去ったこの山奥の里に、一人の若者が倒れていた。よそ者を決して入れてはならぬという村の掟で、本来ならば殺してしまう所ではあったが、嵐で迷い込み怪我をしている様子の青年を助けることになった。

大変感謝した青年は、養生をしながら村人の仕事を手伝い、しだいに村人にも親しんでいった。ただ、青年は、口がきけないようで誰とも話はしなかった。

そんな青年に村長の娘、菊が好意を持っていたが、ある日、二人でいるところを見つかり、青年は、村を出ていくことになった。一人で出ていくはずだったが、菊に好意を抱く別の青年を殺めてしまったことにより、菊を一緒に連れ出すことになり、二人で村を出て行った。

青年は、自分は北朝の家臣の家の息子で三太郎といい、菊の村で助けられた時に、ここは南朝の里だということが分かったので、口がきけないふりをしていたと打ち明けた。

菊とともに、駿河の焼津にある実家に戻った三太郎であったが、菊が南朝の里の娘だと分かると、嫁に迎えることはできないと親から反対をされる。しかし、それに食い下がる三太郎は、自分の兄に刺されて亡くなってしまう。

三太郎の亡骸にしがみつき号泣する菊。一度村を出たものは二度と帰れないという村の掟ではあるが、行くあてのない菊は、やはりお母さまのところに帰りたいと思い、京丸の里へと戻ることにした。

飲まず食わずで三日間歩き通した菊の目にうつったのは見覚えのある美しい京丸山。そして、千尋の谷にかかる吊り橋の上から、山を見上げてみると、そこには傘くらいある大きな白いボタンが5輪咲いていた。

「あれが、お母さまから聞いた60年に一度咲くという京丸ボタンか。死ぬ前に一度見ることが出きたとは有難い。お父さま、お母さま、愚かな菊をお許しください。三太郎さまの元に参ります」とつぶやいた菊は、橋の上から谷に身を投げた(三太郎と菊が二人で身を投げたという話もあるみたいです)。

その花が咲くと天変地異が起きると伝わる京丸ボタン。菊がその花を見た翌年、遠州、駿河一帯は、とてつもない天変地異に襲われた。家々も倒れ、三郎太の家も津波に飲み込まれ、誰一人助からなかったと・・・。


この不思議な京丸ボタン、京丸に住んでいた藤原さんが1913年に咲いているのを見たという話があるそうですが・・・。その後は咲いたことがあるのでしょうか?

前回のブログで紹介した、蒲郡市形原の「田土社」も、草木に覆われて、その姿を遠くから眺めるしか出来ないような状態になっておりました。御津町の大恩寺にあった念仏堂も火災により焼失してしまったし、また昨今の大雨で十津川など南朝ゆかりの地が土砂崩れで大変なことになっていると思います。小俣京丸も田土社もその他のゆかりの地が、このまま自然の中に還り、と同時に南朝伝説や南朝の伝承地に寄り添うようにある木地師や特殊部落の歴史も、時代の一コマとして時空の中に還ってしまうのでしょうか。

なんだか切ないのう・・・



YOU TUBE キングクリムゾン・エピタフ

キングクリムゾンのエピタフ(墓碑銘)をザ・ピーナッツがカバーしたものです。オリジナルのクリムゾンも良いのですが、このバージョンはなかなかの出来だと思います。“我が墓碑銘に現れし言葉は混迷”というフレーズが、南朝の歴史を物語るようにも思います。そして、これからの世界を象徴するかのような内容も含んでいるような気がしてしまいまふ

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テーマ : スピリチュアル    ジャンル : 心と身体

  1. 2012.09.10 (月) 21:36
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  3. かわいい花ちゃん
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NoTitle

こんばんは。早々にありがとうございます。
少し過激な意見かもしれませんが宗良親王、尹良親王、長慶天皇系などを研究して行きますと三州萩から長州萩へと繋がり、大室寅之祐に辿り着き、ひいては偽物が奉られた現在の日本となってしまいます。
明治維新以来嘘で綴られたこの国の歴史が今になりその歪に耐えきれなくなって、にさまざまな国難を発生させいるものと思います。
日月神示などにもあります様にこのところの地震や異変、異常気象、小俣や南朝の史跡のなどの崩壊が神の大掃除の前触れのような気がしてなりません。
今こそ心を清く持ってお互いこの局面を乗り切っていきたいですね。
  1. 2012.09.11 (火) 10:51
  2. URL
  3. 東三エネ研
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かわいい花ちゃんさんコメントありがとうございます。

こちらこそありがとうございます。花ちゃんさんのブログを掲載させていただきましたe-466

南朝の皇統だという大室天皇や戦後現れた自称熊沢天皇、三浦天皇という方々がおられますが、最近、豊川市在住の患者さんから、また別の自称天皇の話を聞いてしまいましたe-330

地元ではかなりのタブーな話になっているそうです。他にも浜松の吉野町の話を聞いたのですが、南朝にまつわる話は、いまだに口にすることがはばかられるようですね。

私コブメロの実家のある小坂井のとある地域も、差別的な場所で知られていますが、よくよく調べてみると、どうやらここも南朝と関わりがあるような気がします。

また豊川市音羽町の萩と山口県の萩が関係あるというのはとても興味深く思っています。

村岡素一郎の「疑史 徳川家康事績」という本が発禁となった理由に、明治新政府の中心的な人物であった伊藤博文や山縣有朋の出自に触れたことだったという話もあるようです。この人たちと大室寅之助との関係は怪しさが漂ってますし。

明治天皇=大室寅之助だとすると、今の天皇家は南朝の皇統ということになってしまいますが、歴史的な系譜上では北朝なんですよね。

この辺りの真実も知りたいところですが、タブーなのかなぁ・・・。



  1. 2012.09.11 (火) 16:21
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  3. かわいい花ちゃん
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NoTitle

こんにちは。
大室寅之助は全く南朝の血を引いるとゆうのは、だいぶ無理の有る話と思います。
阿久根市前市長の発言はあながち真実を付いているかもしれません。
ひょんな事から知り合いになった新居町の方が
三ケ日の津ッ崎が実家でオレオレ天皇の一人の竹村天皇の孫であることが分かりました。
いろいろと話を聞いてみると確かにと思われる節もあります。
これも霊脈の導きかと思っております。
ご指摘の通り浜松市の旧吉野町にも南朝系の話がある事を聞きますが詳しいことはけして表には出てきません。
南朝の子孫から同和にすり替えられ差別され続けている
場所は多いと思います。
小坂井のある地域も南朝系の血筋であることも聞き及んでおります。
井伊谷地区に昔し廃仏毀釈で潰された正楽寺とゆう大きな寺がありました。
当時、薩長兵が直々に大勢訪れ大破壊をしていったとのことです。
私の友人がその寺の和尚様の子孫ですが蔵の中に有った古文書に歴史を覆す程の物があるそうです。
時が来れば公開すると言われておりますが
それには正しく南朝の正統系譜が記されているものと思います。
その方の祖父が村の世話役をしていた当時に会合のおりにその事に付いて発表し散々な目に遭ったそうです。
石巻山か蔵王山、小俣京丸のいずれかで
三種の神器でも発掘され炭素検査により時代的にも証明されれば今までの諸説がくつがえされ現在の偽りの形態が暴露されるのではないかと信じています。
暴露されても現在の形態が変わることはありませんが、少なくとも庶民の心に何が真実で何が偽りなのか芽生え
それが現在の国難を乗り越えて行く原動力になるものと信じております。

人に言えばバカ扱いされるようなことですね。
戦時中なら牢獄いきです。
宮内庁に狙われるのでよせと言う人もおります。
  1. 2012.09.11 (火) 21:09
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  3. 東三エネ研
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かわいい花ちゃんさんコメントありがとうございます。

こんばんは

南朝の不思議な霊脈によってゆかりのある人々と出会っていらっしゃるようですね。

破壊されてしまったお寺の仰天するような古文書はぜひ見てみたいところですが、たぶん読めないだろうなぁ

花ちゃんさんの霊脈ほどのモノではありませんが、最初にパワースポット巡りをしていた時に訪れた井伊神社と井伊谷宮で不思議な導きを感じました。

そこで撮影した写真に不思議な光が何枚も写っていました。そして、宗良親王の崩御された日が9月22日で、例大祭がその日に行われるとありました。

9月22日というのは、東三エネ研ドグオの誕生日であり、愛猫コブ君が崩御した日(猫に崩御って使うか)でもあり、また明治天皇の誕生日(旧暦ですが)でもあって、何らかの繋がりを感じてしまいました。

新城市作手にあった、浪合の南朝を供養するためのお寺が、豊橋に移ったのが専願寺というお寺だという話があります。

以前住んでいた場所が、豊川市御油で、今はその専願寺の近くに住んでいます。

専願寺は今でもお施餓鬼でよく知られているお寺で、かつては毎年7月末に行われるお施餓鬼の日には、お参りの人が夜通し耐えなかったということです。今では年々お参りの人が少なくっていて、ちょっと寂しい感じがします。

そんなこんなで、ささやかながらの繋がりを感じつつ、南朝の探索をしている次第ですが、まだ近場のそれも土地勘のある所をウロチョロしているだけで、駆け出しもいいところです

南朝の不思議な霊脈に引き寄せられているのは、花ちゃんさんと同じかもしれません^_^;

  1. 2012.09.11 (火) 22:58
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  3. かわいい花ちゃん
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驚きです。

こうしてお話させて頂いていますと驚くことばかりです。
私も子供の頃よりある数字がまとわり付いています。
それは、4と1と2と9 の数字の羅列です。
誕生日、生まれた家の住所、結婚して引っ越した先の住所
など様々な所に現われとても偶然とは言い難い現象です。
そしてそれは、良い時もあり身内の不幸の予言になっていたりと色々です。
宗良親王の崩御が9月22日、尹良親王の自刃が応永19年西暦1412年4月です。

実は私も小俣の水路のを撮影した時に真っ白に輝く大きな光体を写しました。
四国の神道に詳しい方に鑑定していただいたところによりますと、凄く位の高い御霊体の光で普通は下界には下りてこないそうです。
そしてその御方が守護してくれていると言われました。
写真を御守りとして家で崇めております。
その写真は畏れ多くてブログやデジブックでは公開しておりません。
こうしてお話しているとおそらく同じ霊脈の方と思います。
奇しくも今年 2012年の9月に小俣の記事にてお知り合いになれたのもその様なお導きによるものと思います。
今後共いろいろとご教授をお願い致します。
  1. 2012.09.12 (水) 19:56
  2. URL
  3. 東三エネ研
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不思議な数字ですね。

かわいい花ちゃんさん。

こんばんは返信がすっかり遅くなってしまいました。すみませんです

花ちゃんさんも不思議な数字をお持ちなんですね。

よそ様のブログには、ほとんどコメントを入れたりすることはしないのですが、先日の花ちゃんさんの記事にはなぜか思わずコメントを入れてしまいました

これも思えば不思議な感じがしますね。

そういえば、私たちが井伊谷で撮影した光は、井伊谷に行った次の日に、試しに整体院の前で撮影してみたら、同じよう写っていたのです。

そして、その2週間くらい後に、豊田市の猿投神社に行ったのですが、拝殿の横にある滝のあたりを撮影したら、また同じ光が写っていたのでした。

その後はもう光は写らなくなりましたが、どうやらしばらくの間、何かが(何かは分かりませんが)居たように思います。

また猿投神社でも同じ光が写ったことから、ここにも南朝に関係する何かがあるのかも?とみています

私たちが見た光の写真は、天白磐座遺跡と井伊神社を紹介した過去記事で、「何でしょね?この光は?」なんて言いながら、思いっきり出してしまいました

また光が出てくれたらなぁなんて思ってますが、なかなか出てくれないみたいですね

こちらの方こそ、またよろしくお願いします

  1. 2012.09.13 (木) 07:26
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  3. かわいい花ちゃん
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NoTitle

おはようございます。
井伊谷の記事拝見致しました。
天白磐座の巨石の周辺はとても心地よい気が流れていますね。
こちらも語り尽くせぬほどの不思議な事象があります。
三浦系譜の牧平大門の三浦農園の現社長の顔が
私と瓜二つです。
親族関係は全くありません。
写真を見せると皆、驚きます。
三浦さん御本人はまだお会いしていませんが近いうちに
訪問したいと思っています。
血脈でなく霊脈でも顔や特徴が似てしまうようですね。
今までの事で本を出版出来る位の事象があります。

東の静岡方面より西や北の東三河や南信州についついと足が向いてしまう今日この頃です。
またどこかでお会いする日もあると思います。
楽しい南朝の話に花が咲くことを楽しみにしています。

都田の平八稲荷が前から気になって気になって仕方ありませんでしたが、なかなか立ち寄る暇が無くしていたところですが、貴方の記事にてなるほど納得致しました。

今後も楽しみにしております。
宜しくお願い致します。
  1. 2012.09.13 (木) 21:35
  2. URL
  3. 東三エネ研
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またまた不思議な…。

花ちゃんさんこんばんは

三浦農園さんのHPの紹介ページに写っていらっしゃる方が社長さんですよね。

花ちゃんさんはその方とそっくりなんですね

牧平大門、大門といえば、コブメロのひいばあちゃんの実家が、岡崎大樹寺の大門なんだそうです。っても、ただそれだけのことですが…

前世療法の著者のブライアン・ワイス博士は、本の中で、「人間には、魂の血脈と肉体の血脈があるが、本当に大切なのは魂の血脈だろう。人間は愚かゆえに、肉体の血脈がないと人間が人を愛するということが分からない。なので肉体の血脈も必要なんだけども、本来は魂の血脈が分かれば、それはそれほど必要ないものだろう…」みたいなことを書いてました。

人間がもっと魂レベルで進化すれば、魂の血脈が分かるようになるってことなのかな。

天白磐座遺跡といえば、ここからのご縁で、最近知り合った方がいらっしゃいますが、これも何となく不思議なものを感じておるです

花ちゃんさんのヤフーブログの最新記事の井伊氏と日蓮上人の繋がりについて、ちょっと疑問に思っていたことのヒントになりましたので、またコメント入れさせていただきます。よろしくお願いします

  1. 2012.09.13 (木) 22:19
  2. URL
  3. かわいい花ちゃん
  4. [ edit ]

こんばんは。

ブライアン・ワイス博士は私も興味があり色々と調べています。
機会があれば前世療法を受けて自分の前世が何者であったかを見てみたいとも思っています。
三浦農園の三浦基彰さんに瓜二つです。三浦農園のページを子供に見せると「お父さんこんなとこで何やってんの?」と言うくらいです。
三浦農園の牧平大門には行きましたが、ご近所の話を聞くと昔から天皇さんと呼ばれているそうであり
図らずもその辺に付いては快く思っていない様な気がして御本人に逢うのは控えています。
また御油の松良天皇の御陵に参ったお盆の直ぐ後の時も三浦芳正氏の
墓の廻りの雑草が生い茂っており近くにおりながら管理されていない状況を見ると三浦さん自体が三浦芳正氏を快く思っていない様な気もしました。
また最初に行った時にまだ入ってはならんとのお告げの様なハプニングが起きそれからは訪問しておりません。
時が来ればお邪魔してこの顔を見せようと思っています。
おそらく彼も彼の家族もさぞ驚くことと思います。


天竜市の船明に上臈塚とゆう塚があります。
その塚に参った時も何故か涙が止まらなくなりました。
長慶天皇の娘、綾子姫の塚です。
小俣京丸で三浦系譜の松良天皇の妃となり大宝天皇の母となった人です。

http://yama-machi.beblog.jp/sakumab/2011/01/post-dd87.html

デジブックで御紹介した小俣の里を離れる時に滝の中に見た人影はこの人の様な気がしてなりません。
資料からでなく不思議な体験や霊体験で三浦系譜が真実であると思うのです。


  1. 2012.09.14 (金) 15:37
  2. URL
  3. 東三エネ研
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こんにちは。

花ちゃんさん。

ご紹介のサイト拝見しました。

青木平馬覚書に長慶天皇の皇女の話が書かれているんですね。ここもぜひ一度訪れてみたいと思います。

20年くらい前に、退行催眠を受けたことがあるのですが、全く催眠に入れず、二人して玉砕しましたe-268

その後、知り合いの治療家にエリクソン催眠をやってもらったのですが、そんなには深く入ってないので、ぼんやりとしたイメージしか出ませんでした。

前世療法で、どんな前世があるのかをみるのもいいですが、こうやって色々と探索する中での自分の感覚を頼りに、魂の血脈をつなぎ合わせていくのも面白いのかなとも思いますe-420
  1. 2012.09.15 (土) 11:13
  2. URL
  3. A&P
  4. [ edit ]

こんにちは

ドグオ&こぶめろさん、こんにちは。
以前(去年の暮れ)にもコメントしたA&Pです。
またまた地元・静岡のネタにうれしく拝見しました。

この小俣京丸という土地のことはこちらの記事で初めて知りました。私の住まいは粟ヶ岳に近い方面なのですが、天竜方面にも不思議と心引かれるものがあります。
掛川の方面から森、天竜辺りに入りますと明らかにエネルギーがガラッと変わるのが分ります。

おととしの秋に小国神社で紅葉を楽しんだ後、たった一人で春野町まで車で行き、杉という所にある湧き水を汲みに行ったことがあります。小国神社を三時位に出発、どんどん日が傾いていく中、どのくらい遠いのかもよく分らないまま行ってしまいましたーv-105
(普段からあまり車に乗らず、遠方に一人で行く事もない人なのですが・・・^^;)

秋葉山あたりの深い杉林を見つつ走っている時も知らない場所に来てしまったようなドキドキ感があったのですが、信州街道の大きな峠(たぶん森から浜松市天竜区に変わる所かな?)、そこからウネウネとふもとの町に下っていく時は本当に“異次元の世界e-420”に入っていくようなe-451v-356、なんとも言えない境地になりました。

地元の方が聞いたら『おおげさだな~』と思われるかもしれませんが、普段はJR駅周辺の整備された場所に住んでる者からすると、そこは独特の磁場、時間の流れを感じさせる場所でした。
奇しくも地図で確認したら、春野町杉をさらに北に行った辺りに小俣京丸はあるようです。

水汲み場の周辺は川があるだけで、あとは木々がびっしり茂って黒いどん帳のようでした。見上げた空の濃い青の方が明るくて、ちょうど北の方を眺めていたのを覚えています。
あの向こうにそんな秘境があったなんて!という驚きと共に、あってもなんら不思議ではない・・・そんな風にも思える場所でした。

(お二人の小俣京丸体験記を読んでみたいのですが、もう無理なのでしょうか・・・・・e-259

  1. 2012.09.15 (土) 21:04
  2. URL
  3. 東三エネ研
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A&Pさんコメントありがとうございます。

お久しぶりです。いつもブログをご覧いただきありがとうございます

A&Pさんは粟ケ岳の近くにお住まいなんですね。

春野の杉まで行かれたとのことですが、小俣京丸までホントにあとちょっとのところでしたね。

春野を通る国道362号線は、別名酷道362でも知られる、なかなかの険しい道だそうです。酷道レベル星三つとか

そんな酷道と言われてしまうような道があるあの辺りは、かなり山が深いようなので、黒い緞帳のようなという表現は、言い得て妙だと思いました。

小俣の里は崩落してしまって入れなくなってしまったようですが、京丸の里には行けるようで、藤原家の家もキレイに管理された状態であるそうです。

機会があったら訪れてみてはどうでしょうか

花ちゃんさんの情報によると、この季節か冬季が行くのにはよいそうです。熊、山ヒル、黒マムシには要注意だそうです

私たちも一度京丸の里へ行ってみたいと思っていますので(いつ頃行けるかは未定ですが)、またその時は体験レポートをご紹介したいと思います
  1. 2012.09.17 (月) 07:22
  2. URL
  3. かわいい花ちゃん
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NoTitle

ドグオ&こぶめろさん
A&Pさん
おはようございます。
またまた不思議なことが起きております。
小俣に行って崩落を見て以来、行かなくてはならないとゆう気持ちに後押しされ、引佐の宗良親王墓に詣り先週には信州の阿智村浪合の尹良親王墓に詣りました。
家族四人で治部坂高原スキー場のコスモス見物を兼ねての訪問でした。
尹良親王墓と浪合神社に詣り直ぐ近くの治部坂高原スキー場に付き車を停めると急に車の下が気になり
下を覗いて見ると大量のオイル漏れを発見しました。
急遽、以前来た時に覚えのあった親王墓近くの浪合石油
(出光GS)に飛びこみリフトで揚げていただきましたがオイルポンプ近くからの漏れとしか分からず走行不能でしたのでそのまま車を置いて帰ることにしました。
個人経営のスタンドの方ですがとても親切にしていただき、お礼も受け取らず片道20分程の高速のバス亭まで送ってくれました。
後日キャリアカーで車を引き取りに行った時に親王に付いてお聞きすると親王に縁の在る方であることが分かりました。
この方が子供の頃に祖母より「貴方には親王様が付いていらっしゃる」といっも言われていたそうです。
浪合神社を出た時は何もない車が5分にスキー場に付いていた時にオイル漏れになり直ぐに浪合石油に入れたことはとても幸運でした。
後日、オイルポンプ直ぐ隣のターボにオイルを送る部品のオイルリングが駄目になり大量のオイル漏れを起こしたことが分かりました。あのままコスモス見物を終えて帰っていたら治部坂峠でエンジンが焼き付き最悪は事故を起こしていたでしょう。

一昨日に竜ヶ洞に行きました折に以前より気になって御詣りしていた、南朝の人と思われる由縁の分からぬ墓に
行かねばと思いつつ忘れてしまいました。
昨日に上籠塚に詣りその記事をブログにアップし、あの墓にも行かなくてはと思っていると、今年の五月にアップしたその墓の記事に名も知らぬ方より、気になって仕方が無かったのでブログの地図を頼りに今日行ってきましたとコメントが入っていました。
偶然とは思えない出来ごとです。
今日は雨で仕事が休みになりましたので御詣りに行ってきます。

A&Pさん
杉まで行かれたのですね。
そのまま尾根づたいに走り山の家を越えてペンション・シンフォニーを過ぎ左の登山道に向う林道が小俣林道です。
昔、小俣には杉の北の石切から小俣川沿いに歩いてしか行けませんでした。
京丸は小俣から山を越え京丸牡丹谷まで下りまた登るとゆうコースで半日以上歩いてかかったそうです。
京丸の子供達は石切小学校小俣分校まで毎日歩いて通ったそうです。これも驚きです。
これからも宜しくお願い致します。
  1. 2012.09.17 (月) 17:33
  2. URL
  3. 東三エネ研
  4. [ edit ]

こんにちは。

花ちゃんさんこんにちは。

偶然のようなことに見えますが、出会う必然がそこにあるような出来事で、車のトラブルは、そこに導かれるための現象だったのだと思います。

今日は由縁の分からないという墓にお参りにいかれたということですが、また何か感じることはあったでしょうか?

西行が伊勢神宮を参拝した折に詠んだ歌に、
「何事が おわすかしらねども もったいなさに なみだこぼれる」
というのがありますが、そのお墓の話から、こんな歌を思い出してしまいました。

そのお墓には誰がいらっしゃるのかはよく分からない、南朝ゆかりの方なのかもしれないけど、なぜか霊脈に響くものがあって、放っておけない衝動に駆られるのでしょうか・・・。

遠くの学校まで山道を通ったという昔の子供たちはたくましいですね。




  1. 2012.09.17 (月) 20:07
  2. URL
  3. かわいい花ちゃん
  4. [ edit ]

NoTitle

ドグオ&こぶめろさん
こんばんは。
20年前に仕事で天竜峡に行って以来、凄く引かれるものがあり何回も飯田市方面に行っておりました。
一時は引っ越しても良いかと思った位ですが温暖な遠州育ちの者に信州の冬の厳しさは耐えられるものでないことと仕事があり諦めておりました。
秋の林檎狩りや紅葉狩りで国道153号を通り帰りは151号で新野峠(当時の新野峠は厳しかったですが何か感じることもあり)を越えて帰ってくるルートが好きでした。
その頃は南朝のことも尹良親王のことも知らなかったのですが浪合を通るたびに故郷に帰ったような郷愁にかられたのを覚えております。
信州の美しい景色を子供達に見せたく今後も是非、信州に行こうと思っておりますが浪合石油の優しいご夫婦とは長い付き合いになるような気がしてなりません。
良い出会いに感謝です。

西行法師の歌を教えていただきありがとうございます。
正にその通りの心境です。
早速今日、御詣りに行ってまいりました。
バラバラにされた宝篋印塔と袈裟掛けに切られた地蔵様
があります。
コメントの通りお花とお茶があげられておりました。

細江町の金地院の奥に在る宗良親王の妃、井伊道政の娘の駿河姫(尹良親王の母)の墓の宝篋印塔も同じ年代の頃の物でバラバラにされています。
http://blogs.yahoo.co.jp/kawaiihanachiyan/29412318.html

この墓に御詣りした時も同じ様な心境になりました。
小俣の崩落を見て以来次から次えと色んなことが起きています。
3年前に初めて小俣に行った時も同じょうに不思議な事象が起きました。
今は霊脈からのメッセージと思い有難く思っております。

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