B フレンズ

穂の国東三河を中心に、三遠南信の歴史と謎、エネルギーを探求しています。ブログタイトル改めました。

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  1. 意外な歴史
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権現山と四色の神社

遠州浜松の徳川家康と岡崎の松平元康が戦い、元康軍に敗北した徳川家康は、豊川市三上の権現山に身を隠し、折を見て命からがら脱出した・・・、こんな伝説が地元に残っておるといふ・・・

しかし、歴史上では、松平元康が後に名を変え、徳川家康となっていますので、この伝説では、同じ人間同士が戦ったということになってしまいます

何だかちょっと変な伝説話ですが、徳川家康入れ替わり説が多々ささやかれるのは、こんなところから来ているのでしょうか。

さて、この不思議な伝説話に登場する、家康が身を隠したという権現山。

あまり下調べもなくテキトーに行ってみたところ(^_^;)、権現山に入っていけそうな道は大きな貯水タンクがあり行き止まりのような感じになっていて、これ以上は進めないのかと思ってしまい諦めてしまいました(後で調べてみると、その脇に歩いて入れる道があって、山頂には古墳があるちゅーことでした

権現山に入ることが出来ず、その辺りをウロウロしていると、「勝山城跡」を発見

勝山城(かちやまじょう)というのは、熊谷直鎮が足利尊氏の六波羅攻め(元弘三年・1333年)の戦功により、三河国八名郡に所領を賜ったことにより築城された城で、宇利城を本城とする熊谷一族は、松平清康軍に攻め落とされ、愛知県豊根村へと落ちのびたという。

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公民館の脇に案内看板があり、そこを撮影していると、近所のオジサンが話しかけてきて、この勝山城のことを説明してくれました。

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石碑背後に見えるコンクリートで盛られた場所が本丸跡らしい。

地元の歴史にかなり精通している様子のこのオジサンの叔父様は、なんと豊川市国分尼寺を最初に発掘した学者さんだったということで、でもって、後醍醐天皇の皇子で、宗良親王の弟宮の無文元選禅師が開基したという浜松市の奥山半僧坊・方広寺にある後醍醐天皇に縁の古文書の解読も行ったということでした。スゲー( ̄▽ ̄;)

そして、このオジサンは、「権現山には古墳があるが、これの調査の願いを出しても、上が許可してくれず調査出来ない」といい、「この権現山の下にある緑野神社は一番格の高い神社で、天智天皇の皇子が祀られとる」とビックリするようなことを言われるので、

「ええ?天智天皇?天武とか持統天皇じゃなくて?」と何回か聞き直しましたが、オジサンは「琵琶湖の大津の近江神宮の天智天皇のその皇子で、天智天皇は何回もここに来とった」と言われてましたので、間違って言っているわけではないようでした。

だとしたら・・・、

「ええー?!持統天皇じゃなくて、天智天皇が三河に来ておったってこと?それも何度も?どういうこっちゃ???」

驚きの新発見です

とまあ、ちょっとした動揺を覚えながらも、オジサンと別れ、緑野神社へと足を運んでみました。

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木々が生い茂る道を下から登っていくと途中に小さな池のような水場があります。

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しめ縄で囲われています。和泉式部が“みどり野池の藻の美しさ”を詠ったとされる和歌がありますが(信号付近に歌碑あり)、

春ふかく なりゆくままに みどり野の 池の玉藻も 色ことに見ゆ / 和泉式部

この和歌で詠まれたみどり野の池とは、この辺りのことでしょうか?

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登った先に緑野神社。権現山の麓に位置する小さな神社です。祭神は、速玉男命 事解男命 伊邪那岐命 伊邪那美命。由緒・創建は不明ですが、相当古くから鎮座する神社のようです。

しかし、オジサンの天智天皇の皇子という話が気になります。

天智天皇の皇子の皇子としたら、誰のことなんでしょう?

権現山の周囲を見てみると、黒谷神社、白山神社、緑野神社があります。これらの神社の名を注意してみると、黒、白、緑(青)の色を現わしていることがわかります。ここでもうひとつ、赤のつく神社があると高松塚古墳の壁画の東西南北に描かれている四神獣のようになるのです。

すると、権現山の麓の権現下という地域から(ちょうど四隅の一角に当たる)、赤川姓の人々が豊川西岸に引っ越したという話があって、もしかしたら、赤川氏にちなんだ赤川神社なるものがあったのではないか?ということです。

そして、この四つの色にちなんだ神社は結界の役目と見ることもでき、勝山城はこの結界を利用する形で、その中に城を築いたと考えられるともいう。

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地図にするとこんな感じで、権現山も四つの神社の結界の中に入るんですね。

その権現山の麓の、権現下という辺りにいた赤川姓の人たちが、豊川西岸の地域に引っ越したという話を元に、その西岸の地域を地図で見てみると、そこには「蒜生神社」という神社があります。

「蒜(ひる)」というのは、にんにく、にら、ねぎ、ノビルなどのユリ科の植物の古称ですが、「石蒜(せきさん)」というと彼岸花のことになります。彼岸花は、真っ赤な花を咲かせる毒のある花です。もしかしたら、この蒜生神社の「蒜」は彼岸花のことを示していて、蒜生神社は赤を意味する神社なのかもしれないという仮説をおっ立ててみました(^_^;) でもって、西側の対岸に移った=彼岸(あの世とか西方浄土)。そこから彼岸花=石蒜=蒜生神社になったのかな?などと思ってみたりして

さて、四色が四方に配置される四神獣とは、
玄武(北・黒)
青龍(東・緑、青)
朱雀(南・赤)
白虎(西・白)
となっていますが、権現山の周囲の神社もこんな配置になっているのかしら?と思ってみましたが、ちょっと配置が違うようでした

でも、配置が違うとはいえ、この四神が揃っているとして考えてみると、五行で中心に来るのは黄竜(中央・黄)で、黄色というと、黄櫨染御袍(こうろぜんのごほう)という、天皇が重要な儀式の際に着用する束帯装束の袍があります。太陽の光が当たると金色に輝くというこの色は、天皇以外は着用することのできない色だということです。

ということは、この四色の神社の中央は天子様の場所ということで、天皇に関係するお墓もしくは御所なんぞがあったのではないかと想像してしまいます。

もしかしたら、権現山をほじくったら黄色を現わすものが出てくるのかな?それで、そんなモンが出たらヤバいから権現山を調査させてくれないとか?

この近くの下条の正楽寺には、文武天皇の皇子・竹内皇子の塚があるというし、藤原石山氏らのいう長慶天皇の身代わりで後醍醐天皇の皇女が亡くなったという話や石巻には南朝の玉川御所があったともいう。そして、オジサンのいう天智天皇の皇子の話まで出てきて、一体誰のことを伝えているのかが訳分かんないっす。元々訳分かんないのに、ますます分からんですわ

おまけに、五行説というと、天武天皇も後醍醐天皇も陰陽道をやっていたというし、陰陽道というと賀茂氏で、賀茂神社もすぐ近くにあるんだよね・・・。ますます分からんですわ



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テーマ : 歴史    ジャンル : 学問・文化・芸術

  1. 超能力
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福来博士記念館@飛騨高山

先日のGW、飛騨高山へお出かけしてきました。

出かけた5月3日は、GW前半の寒さも緩み、天気も良く、絶好のお出かけ日和でした。

鉄道マニア絶賛の車両という噂?のワイドビューひだに名古屋から乗車。ワイドビューという名の通り、窓が広くて景色がよく見える電車で、なかなかGOOでした

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このいわゆる高山線は、かつてコブメロが幼き時、父の土建屋の転勤で富山県魚津市に住んでいた時、母が愛知へ里帰りする折にこの路線と米原を経由する特急しらさぎを利用していたようです。小さい時の記憶で、よく長時間電車に乗って、その電車がとても嬉しくて楽しかったなぁというのがあるのですが、その影響なのか、実は、今でも電車に乗るのが大好きなちょっとした“乗り鉄女”なのでした

一方、ドグオ氏は、学生時代に名古屋に住んでいた時に、深夜に友達と車で41号線を走らせて高山に行って帰ってくるだけの人で(暇な学生のお遊び)、今回、初高山散策となりました

さて、高山陣屋のあたりから歩いて20分くらいのところの小高い城山公園に、「福来博士記念館」というのがあるのです。

映画「リング」の貞子の母親のモデルとなった御船千鶴子という女性の千里眼の能力を研究したのが福来博士です。

ちょっと前々から気になっていたので、高山に行く機会があったら記念館に立ち寄ってみたいと思っていたのです。

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高山城のあった城山公園に登る坂の途中にあります。

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よく探さないと見逃してしまうような建物です。隣が茶店になっています。

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福来博士記念館。一部屋だけで、パネルだけの展示です。

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念写能力者・長尾郁子さん。

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千里眼の御船千鶴子さん。リング貞子の母親のモデルとなりました。

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透視・念写の天才能力者の三田光一さん。月の裏側を念写したという。

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月の裏側の念写。その後、ソ連が実際に撮影した月の裏側の写真と比べてみたら同じだったという話ですが・・・

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で、これが三田さんの念写による弘法大師空海のお姿だそうです。ちょっとリアルすぎる感じが、逆に本当か?なんて思ってしまいまふ

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このようなパネルが展示してあり、その他、福来博士の自筆の英語の論文と手紙がありました。

福来友吉博士は、明治2年に高山市で生まれ、東京帝国大学哲学科を卒業し、同大学院で変態心理学を研究し、催眠術の心理学的研究で文学博士号を授与される。東京帝国大学の助教授。

明治43年、御船千鶴子、長尾郁子、高橋貞子、三田光一といった超能力者を各地で発掘し、透視、念写などの超心理学的能力について実験や学会発表を行って世の注目を集めるが、それらの発表は他の学者による追試に耐えられるものではなく、結果、激しい非難を受けた(ウィキペディアより)。

さて、ここで出てきた「変態心理学」という言葉ですが、現代で変態というと、まあ、まぎれもなくスケベの極みみたいな・・・、そんな言葉になっておりますが、当時はそういう意味で使っていたわけではなく、福来博士が東京大学で研究されていた真面目な学問の戦前の呼称で、戦後は「異常心理学」と称するようになりました。

戦前の霊術家の松本道別(まつもとちわき)の「霊学講座」という本の中に、昭和初期の「変態心理」という雑誌のことが紹介されています。

その雑誌では、様々な霊的な現象や神通力、霊魂が夜中に身体を離れて彷徨う幽体離脱のことや、妖怪研究、読心術(テレパシー)、伝想法、狐憑き、縁起と開運(ジンクス)、自称神様、念写、千里眼、夢の研究、ヨーロッパの降霊術の研究、動物磁気・人体磁気、催眠術、魔術、迷信論、不老不死の若返り法、大霊道、卜占などなど、オカルトや超心理学のオンパレードで、多岐にわたる記事が網羅されておったようです。現代でいうところの月間雑誌「ムー」とたま出版の書籍を合わせたような雑誌だったようですね。

当時、これらをひとまとめに「変態」という括りに入れてしまったようで、ちゅーことは、私らもかなりの変態ってことになるんですね・・・(^_^;)

そして、「霊学講座」の中には、念写の方法について次のように書かれています。

・・・念冩のできるやうに成るには、先づ、物を見つめてゐて、其の残像が何時までも遺る様にならなければならぬ。それには文字注視法を練習するが宜しい。而して注視した文字が瞑目しても永く残る様になったら、電燈の下で神なり霊なり何でも好き字を注視し、用意してある黒紙に包んだ乾板を手に持ち、電燈を消すと同時にその文字の残像を乾板に強く打ちこみ「可し、映った」と感じた後、映像するのである。これで、念冩は成功してゐる筈だが、初心からなかなか出来るものではなく、また、残像の永く続くことが第一要件で、憑霊者の外は練習しても容易に残像の永続せぬものだ・・・云々。

また、福来博士の念写実験に関しての松本道別の解釈が述べられていて、高橋貞子夫人の念写は福来博士の実験の元に成功したものであるが、高橋貞子自身には念写の能力はなく、遠藤山城守(貞子の曽祖父の霊)の意志と能力によって成功したと言い切ってます。そして、念写の乾板を現像すると、「妙法」という字が念写されていた以外に、羽毛の如き渦巻が写っていた。これはどうやら、山城守の身体の一部で、これすなわち山城守は天狗であって、その羽根の一部を写したものであると道別氏は言って、「天狗なる者が実在するものである」とも断言しております。

で、霊学講座には、さらに文字注視法について具体的に書いてあったので、それを参考に念写にチャレンジしてみました。昔ながらの乾板に写しこむという方法はできないので、携帯のカメラでやってみたのですが・・・、やっぱり無理でした なぁんも写りませんでした やっぱ天狗の力添えがないとダメなのかしら?でも、高山で美味しい焼肉を食べたお店が天狗屋さんという名前だったのになぁ。余談ですが、ここでお土産に買った飛騨牛入りレトルトカレーが絶美味かったです☆

高山市のある岐阜県というと、レイキの創始者の臼井甕男さんが現在の山県市美山町出身で、昭和初期に一世を風靡した太霊道の田中守平氏の出身が恵那で、その本部も恵那に置かれていました。現在では、とある手かざしのM教の本部が高山にあるようです。UFOがよく出没するという位山もある岐阜県の山中からは、霊能的な人たちが多く誕生する何かがあるのでしょうか


ちょっと鉄道オタクなおまけ。

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帰りの高山駅。この車両と・・・、

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この車両が連結するシーンを目の前で目撃


関連記事:「百間滝の体感は有るor無い」




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2017.9.19ブログタイトルを改めました。

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