節分も過ぎ、暦は立春。春を感じる季節になりました

日も長くなり、日ごとに太陽の温かさも増してきていますが、花粉症の人には辛い時期ですね 今年はさらに大陸からの大気汚染もひどく、おまけにもう少し暖かくなると黄砂も飛んできますので、目、鼻、のど、呼吸器がやられないように気をつけないといかんですね 私も以前みたいなひどいメにあうのはもうごめんだわサ

大陸といえば、旧正月だと言って花火をバンバンぶっ放して大騒ぎしているようですが、今年は2月10日が旧暦のお正月でありました(年によって日にちが変わる)。

さて、旧正月の申の日と酉の日にかけて、ある変わった祭事が行われる地域があります。それは、愛知県田原市の久丸神社とそのすぐ近くの神明社で行われる「寝祭り」という祭事です。

なぜこの祭りが奇妙なのかというと、「このお祭りの祭事の様子を、誰も見てはいけない」というところです。うっかり見てしまうと、大変なことになってしまうと恐れられ、伝説では、この祭りを見て盲(めくら)になったり、狂気になった人や、神職をあざけったため数日のうちに病気になり死んだ人もあったらしいということです。また、知らずにその祭りの場所を通ってしまい、神主に出会い、熱病を発症した人も何人もいたという・・・

では、どうしてこのような奇妙な祭事が行われるようになったか。言い伝えによると、神様が見苦しいご病気であって人に会うことを嫌ったからだとか、また、ある説では、南朝系の皇子で、常に北朝をはばかって隠れていたので、人の賑わう所へ出ることを好まなかったということです。

現在では、南朝の天皇や親王にまつわる祭りであると密かに言われているようです。

ふむふむ、ここも南朝に縁があるのね

そういえば、去年の秋に訪れた南朝の隠れ里という伝説の、静岡県春野町の京丸の里に伝わる話が、久丸神社のお祭りに似ているなと思い出しました。

それは、春野町の石切という集落の古老の話で、「昔々、京丸の人が来るという話を聞くと、雨戸を閉め、用心して寝てしまった」という話です。

京丸という場所は、南朝の親王や皇女が隠れ潜んでいた所で、北朝の追跡に対して凄く神経質になっていたという点から、周囲に恐ろしげな伝説を流して、人が近づけないようにするとか、行動を悟られないようにしたことが、こんな伝説となったのではないかと推理します。

富士谷の隠れ大本営に潜んでいた南朝の皇子、皇女たちは、北朝軍に攻められ、遠州京丸の山中に隠れた。しばらくこの地で時の移るのを待ち、折を見て、山麓の気田に下り、南朝方の西園寺氏などの所領であった都田に入ったが、ここも長居が出来ず、北畠氏の一族の石津氏を頼り、佐鳴湖付近の入野へ行ったが、ここも今川氏の勢力が伸びてきていて、三河の渥美神戸へと舟でたどり着いたものと想像される(藤原石山氏の調査による)。

なので、京丸に伝わる「人々が寝静まって見ないようにしたという伝承」と、田原の久丸神社の「見てはいけないお祭りの伝承」が重なるように思います。

ではでは、その皇子、皇女さんは誰だったのでしょうか。

田原市の神戸神明社(かんべみょうじんしゃ)所蔵の「久丸明神社旧記」によると、「久丸大明神 神戸之内漆田にあり、右皇女神明は高子媛と申し、久丸、梅丸と申す者 甥の君にて、右三人舟にて 百々村(どうどうむら)に揚り給ひ 神戸に住み給ふ」と記されているとのことです。

この高子媛というのは、後醍醐天皇の第一皇子の尊良親王の流れの、元子内親王(小室門院)のことではないかといわれます。

梅丸というのは、長慶天皇の皇女、梅子内親王のことではないかと思われます。この皇女は、小室門院とともに、遠州京丸山中に隠れていて、京丸には「梅が元」という伝説地があるといいます。

そして、久丸というのは、小室門院と興良親王(宗良親王の子)の御子で、松良親王のことではないかと。松良親王は南朝の正統な皇位を継承した方といわれます(三浦天皇の家伝によりますが)。

さて、誰も見たことがないという久丸神社の神事。どんなことをやっているのかは文献で垣間見るしかなく、藤原石山氏が調査された「渥美郡神戸郷久丸明神記」という明治37年調べの記録には、

昔、神明社の神主を青津地区の大場氏が、久丸神社の神主を赤松地区の楠氏がつとめた。一方の神主が、正月の巳の日から神明社の約4キロ東の太平洋に面する海岸へ行き、海水を浴び、3日間身を清める禊払いをした。これを垢離掻(こりかき)という。

垢離掻が終わると、申の日に神明社の神主は、神明宮に帰り祭礼にかかる。久丸神社の神主は百々村の神の窯穴という所に行き、神の窯穴祭りをして、一夜を明かす。神の窯穴で背負ってきた釜で斎火を焚いて神事を行い、翌日の未の刻に神明社に帰る。神明社の神主は神明宮で夜明ししてこれを迎え、外殿で神酒を酌みあって、祭りを終える・・・。


と記されているようです。ここで出てくる大場氏や楠氏というのは南朝の家臣でしょう。

これらの祭りはすべて極秘の行事であって、神主が神の窯穴へ行く途中や神明社に帰る途中などの姿を見ると神罪をこうむるということから、村人はこの日には戸を閉め、明かりも灯さず、火も焚かず、音も立てないように家の中に籠り、静かに祭りが終わるのを待った。外出もせず、まるで寝静まっているかのようであることから、「寝祭り」の名が生まれたようですが、申の日に夜明しをするということから、庚申待ちの信仰もここに入り込んでいるように感じるところです。

現在では、時代とともに行事も簡略化し、みそぎもなくなり、神の窯穴の祭りもしめ縄をはって式をするだけになったということですが、神事は神職だけで行われ、氏子の人々は、神罰をこうむるという昔からの言い伝えを守り、神職の往復する姿を見ないよう、付近を通行しないということです。

南朝の皇子、皇女らが遠州京丸から舟で逃れて田原の神戸の地に滞在したという伝承。そして、その逃れて来た方々が正統な皇統を引き継ぐ方々であったという点から、久丸神社の祭神は南朝の皇子だと伝えられ、この皇子がこの地に潜伏中に、天皇が父である上皇や母后の御所に年賀に行く「朝覲御幸(ちょうきんぎょうこう)」、または、天皇が正月にただ一人で行う宮中秘儀「四方拝」が密かに行われたのではないかという説もあります。

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そんなところを推理してみると、神明社が親である小室門院(小松天皇)が住まわれていた御所で、おまけにひょっとしたら松良親王は、皇位を継承し「松良天皇」になっていたのかもしれません。そして、松良親王と梅子内親王が久丸神社に住まわれていて、正月に親の住む御所にお年賀に参内していたのではないかと。んで、松良親王は松良天皇として四方拝を行っていたんじゃないかと想像しちゃいます。ついでに言うと、神明社のすぐ近くには若宮神社というのがあるので、松良親王と梅子内親王の間には皇子がいたんだろうと妄想します

ということで、こんなことを知識として頭に入れて、現地に赴いてみましたが、久丸神社は町中によくある神社の風景にしか見えませんでした。ちょいガッカリ しかし、神明社は立派ないでたちで、由緒書きによると、倭姫が神さんをかついで場所探しにまわったところであると、いわゆる元伊勢だということが書いてありました。以前、渥美にも元伊勢の伝承があるという話を小耳にはさんだことがあったんですが、ここのことだったんですね。

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<久丸神社>

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<神明社>

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<神明社の由緒書き。変な人物が写り込んでおりまする。すみません。>

南朝に関係するものは何の欠片もなく、ただ久丸神社の近くに「よしの寿司」というお店があるだけでした。南朝に関わることはこれだけかな・・・(^_^;)

そして、神明社の近くにもう一つ若宮神社というのがあるので、久丸神社と神明社の間を往復するという行列は、この神社には関係ないのだろうかという疑問が浮かび、若宮神社へ立ち寄ってみました。

すると、その近くで作業をしていた青年がいたので、ドグオ氏は「久丸神社の行列ってここまで来るの?」とフレンドリーに尋ねてみると、その青年は目を合わさないような態度とちょっと口ごもった様子で、「・・・それって、寝祭り・・・?」と鋭い眼光をチラッとさせながら言いました

「うん、そうそう、それ」と聞くと、青年は、「う、うん・・・、ここには来ないよ」と言って、そこから先は何も言いたくなさそうな雰囲気だったので、「あ、そうなんだ。どうも、どうも、ありがとうございました~」と明るくその場を去ったドグオ氏でした

なんでしょう。現在でも口外してはいけない掟でもあるのでしょうか。やはりあまり人には言いたくないお祭りってことなんでしょうかね。

久丸神社の寝祭りは、藤原石山氏の資料によると、旧正月を過ぎ、最初の巳の日を迎えてからの申酉の日に祭りを行うそうです。巳の日を迎えずに祭りを行うと災いが起こるということのようです。その習わしによって今年の暦を見てみると、旧正月が2月10日。それから最初の巳の日が2月20日で、23日、24日が申酉の日になります。

おそらくこの日の日中に行列があると思われますので、この場所を通りかからないようにした方がいいかもしれないですね。場所は、田原市の道の駅めっくんはうすの近くで、国道259号線をはさんで、あっちとこっちで行列が往復すると思いますが、もし行列を見てしまった場合は、後日、神社へ行ってお祓いをしてもらえば大丈夫だそうです

でも、場所的に交通量の多い所なので、知らずに通りかかって見ている人もいるんじゃないかと思うのですが・・・


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テーマ : 歴史    ジャンル : 学問・文化・芸術
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