B フレンズ

穂の国東三河を中心に、三遠南信の歴史と謎、エネルギーを探求しています。ブログタイトル改めました。

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巳の神社へ初詣

あけましておめでとうございます。今年もエネ研をよろしくお願いいたします

さて、2013年は巳年です。ということで、蛇と神についてちょいとまとめてみました

まず、祭祀の「祀」という字は、巳(蛇)を神として祀ることを意味する字であるといわれ、日本各地に蛇を祀る神社がありますよね。

出雲神話の大国主命(大己貴命)の国造りの中で、最初、共に国造りをしていた少彦名神(スクナヒコナノカミ)がいなくなってしまって、途方に暮れていたところ、海からやってきた大物主神(オオモノヌシノカミ)が協力してくれるという話があります。

そして、谷川健一氏によると・・・、

その出雲の国造り神話の話が、日本書紀の中に、「神光照海」と表記がされていて、それは「神しき光海を照らして(あやしきひかりうみをてらして)」と読ませています。そして、「忽然に浮かび来る者」が大己貴命(オオナムチノミコト)の幸魂奇魂(さきみたま、くしみたま)で、大和の三輪山に住みたいと希望したという。

一方、古事記では、大国主命(オオクニヌシノミコト)が一人で国造りをすることが困難だと嘆いていると、この時に海を照らして依り来る神があり、その神は大国主命(オオクニヌシノミコト)の国造りに協力する代わりに自分を大和の三輪山にいつき祀れと言ったとされ、それが三輪山の神、大物主神(オオモノヌシノカミ)であるという。この神は蛇神であることが記紀で語られている・・・。

また、出雲の佐太神社で11月下旬に行われる神在祭では、佐太の近海で捕えられた海蛇が神社に奉納されるのだそうです。海蛇は龍蛇様と呼ばれ、祭りには無くてはならないものだということです。

この海蛇は、夜、海の上を渡ってくる時、金色に輝く火の玉のように見えるようで、その金色の火の玉をすくうかの如く、網で海蛇を捕えるのだとか。

六角の亀甲紋が神紋の出雲大社ですが、神紋の由来はこの海蛇の背の紋をかたどったとされています。

izumotaisha-mon.jpg


では、この海蛇の正体は何なのでしょうかというと、動物学者の上田常一氏によると、それは南方産のセグロウミヘビだということです。

陰暦の10月頃(新暦の10月下旬から12月上旬)、冬の季節風のはしりが、西または西北の方向から出雲の海に吹くと、セグロウミヘビは黒潮の流れから押し出され、岸に近づいてくる。毎年決まった頃にやってくる金色に光るこの海蛇を、人々は龍神の使者として深く信仰したということです。

seguroumihebi01.jpg
<セグロウミヘビ。尾の部分に模様がある。コブラ科に属し猛毒あり

実際のセグロウミヘビの姿は、背が黒く、腹が黄色をしていて、腹の黄色の部分が海中で光って見えるため、金色の火の玉のようだといわれ、それが「神光照海」となり、蛇神様として神社に祀られるようになったということです。そして、古事記や日本書紀に出てくる「海を照らしながら来る神=大物主神、大己貴命の幸魂奇魂」と「国造りをしようとしていた神=大国主命、大己貴命」などが混合したような形になり、大己貴命、大国主命、大物主神=蛇神様となり、各地の神社にお祀りされたということですね。

セグロウミヘビからとったという出雲大社の六角の亀甲紋ですが(出雲地方の神社には亀甲紋が多いという)、豊川市一宮の砥鹿神社の神紋も同じ亀甲紋なんですね。


togajinjakoutuanzen01.jpg
<東三河地方でよく見かける交通安全ステッカー>

ということで、我々は、巳年にちなむ神社ということで、地元、三河国一宮の砥鹿神社の奥の宮へ行ってまいりました。砥鹿神社というと、以前モ吉が蛇のお食事シーンに出くわしたという逸話がありますが・・・。その話は以前「オオナムチのお食事」という記事にしてありますので、よかったらご覧くださいね


hebi01.jpg
<砥鹿神社の八束穂神社の前でお食事中の蛇。たぶん雀を丸飲みしておるかと

毎年初詣には、砥鹿神社の里宮の方へ行っていましたが、今回は、本宮山登山をかねて、奥の宮へと歩いて行ってきました。

砥鹿神社の奥の宮のある本宮山へ登るルートとしては、新城市側の登山道と岡崎市側の登山道があります。新城側のルートは、急な階段状の山道や岩場のある道のりでけっこうキツイという話ですが(一日何往復もする人もいるという・・・)、反対側の岡崎のくらがり渓谷側のルートは、坂道を登っていくという山歩きのような道のりです。「くらがり」という名が付いているように、山道は山の影になっているところが多いですが、山道沿いには川が流れていて、なかなかいい雰囲気だと思います。

きついルートはまたの機会ということで、今回は緩やかな山道の岡崎市のくらがり渓谷側からダラダラと山頂を目指してみました。

歩くだけのコースとはいえ、ずっと坂道を歩いて行くのは、なかなかしんどいことで、途中で汗ダクダクになってきました。出発時に寒くて背中に貼りつけたカイロをはがしました

「うへ~、またまた殿筋が痛い~」と少々ヘロヘロになりながら、約2時間ほどで砥鹿神社奥の宮へと到着。さすがお正月だけあって、いつもは閑散としている駐車場も賑わっておりました。おまけに、登山の服装をした人たちもたくさんいてちょっとビックリ。私たちは登山の道中あまり人と行き合わなかったので、おそらく新城側のルートから登ってきたのでしょう。お疲れ様でございます

そして、奥の宮でお参り。石の階段の上り下りが身体にこたえる。ヒイヒイ・・・。

arahabaki002.jpg

arahabaki001.jpg

もちろん、健脚の神様であらせられる荒羽々気神社にもお参りして、下山。帰りは2時間かからずに下りれましたが、往復約14キロちょいの道のりお陰で、尻や太ももなどがギシギシ軋むような筋肉痛でヨタヨタになりました

本宮山登山は朝飯前で、登った後は喫茶店でモーニングして帰ってくるのが日常なんちゅーつわものもいるんですが、運動不足のなまけた足にはこたえる登山でした。でも、楽しかった~ 確か、私は小学生低学年の頃に新城側のルートから登ったことがあるのですが、すごく面白かった記憶なんですよね。たぶん、岩場をよじ登ったりするのが楽しかったんだろうけど、大人の身重になった体ではどうなんでしょう?と思う所ですが、今度は新城側からチャレンジしてみたいと思いまふ

さてさて、大己貴命をお祀りしている神社はどこかと近所をざっと見てみると、豊川市一宮町の砥鹿神社の里宮と本宮山の奥の宮、豊橋市石巻町の石巻神社、豊川市御津町の御津神社、静岡県森町の小国神社、愛知県稲沢市国府宮の尾張大國靈神社などがありますよ。巳年にちなんでお出かけしてみてはいかがでしょうか。

おまけ。

本宮山登山の後、ちょうど帰り道の途中に天恩寺があるので、初詣に立ち寄ってみたのですが、なんと、仏殿の扉が御開帳していて、内部の厨子を間近に拝観することができたのです

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<天恩寺 仏殿>


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<内部の厨子>

前回、夏に訪れた時には、扉は閉ざされていて、「やっぱ中の厨子は見せてもらえないんだよね・・・」と思っていたので、感激のひと時でした 合掌


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テーマ : 神社仏閣    ジャンル : 学問・文化・芸術


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穂の国東三河~三遠南信地域を中心に、歴史や信仰、伝説の謎などの探求しています。そして時々エネルギー研鑽も♪

2017.9.19ブログタイトルを改めました。

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