今回は、懽子内親王(かんしないしんのう)の伝承に引き続き、また蒲郡市方面の南朝の足跡のお話です。

戦前、豊川市御油で南朝顕彰運動があった頃、豊川市御津町(旧宝飯郡)の山口保吉氏という方も、蒲郡市相楽町から大塚の辺りを中心に三河南朝の調査をされていました(大塚小学校の地名が大門という。参考までに、地名・字名の大門は、南朝の痕跡のあった地を現わすことが多いとされる)。

山口氏は、大宝天皇は長慶天皇の別号と考証しましたが、藤原石山氏によると、三浦家の系譜では、長慶天皇の皇孫にあたる美良親王を大宝天皇と尊称し、南朝最後の天皇と伝えています。

って、いきなり言われても意味不明ですよね(^_^;) だいたい「大宝天皇って誰?」っていうのが、一般の解釈ですよね。正史に現れる天皇じゃないし。

ま、山口氏曰く、三河南朝というのは、大宝天皇=長慶天皇にまつわる歴史のことを言うらしいですが、下の系統図をみると分かりますが、藤原石山氏と三浦氏が提唱する系統とは若干違っています。

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<藤原石山氏による南朝皇統図>

この図では、大宝天皇は長慶天皇の孫となっていますが、山口氏は長慶天皇と大宝天皇が同一人物ではないかとみているようです。この系統図も正式な歴史を研究している学者がみたら、トンデモ扱いだと思いますが・・・

また参考までに、北陸に派遣された第一皇子の尊良親王を軸とした北陸王朝なるものがあったという記述もあるようで、そこでは白鹿という年号を使っていたらしいです。

後醍醐天皇は第一皇子の系統に正式な皇統を継がせたかったようで、実は、密かに第一皇子に践祚(せんそ・皇位を譲る)し、三種の神器も引き継がれていたようなのです。そんな点を考慮してみると、正史には現れない秘密の皇統が継承されていたというのもまんざらウソではなく、このようなトンデモ話にも実は真実が隠されているのかもしれないと思えます

ということで、山口氏ぐっさんの「三河吉野朝の研究」「芳花鶴水園の聖地(ほうかかくすいえんのせいち)」という凄いタイトルのややこしい内容の本をみて、蒲郡市相楽町にある相楽神社へ行ってきました

相楽神社は、砥神山の東北側、御堂山の南東側に位置する神社ですが、相楽神社の話の前に、まずは砥神山について説明したいと思います。


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昭和39年に発行された「蒲郡史談」という本によると、砥神山は昔から三河富士とも呼ばれる山で、この山が、相楽山荘という行楽地のある御堂山~五井山ドライブコース~三谷温泉を結ぶ観光的要所であったということです。現在、相楽山荘は相楽の森という自然景観を楽しめるキャンプ場や自然を散策するスポットになっています。

砥神山の名は、伝説では、橘諸兄卿(たちばなのもろえきょう)が十匹の鹿が駆け登るのをみて、「あの山は何山だ?」と訪ねたが、まだ名が付いていない山だったので、「それでは、その山を“十鹿見山”と呼ぶように」と言われた。以来、「とかみ山」というのだそうです。

また違う説では、遠くから鹿が見えたので、「遠鹿見山」で、とかみ山というようになったと。

砥神神社(現・蒲郡市豊岡町にある)の社伝によると、この地にしばらく滞在していた橘諸兄卿は、砥神山に光る物が現れるのをみた。そして、夢の中に白髪の老人が現れ、「その山は縁故ある霊地であるからすみやかにワシを祀るがよい」と告げた。恐る恐る「いかなる神におわしますか?」と尋ねると、「ワシは登加美の神じゃ」と告げた。それで、砥神山の山嶺に「とかみの神」を祀ったのが砥神神社の始まりだと伝えられているそうな。

現在、この砥神山の南西側に砥神神社があり、東北側に相楽神社があります。この相楽神社というのが、以前は兎上神社(とかみじんじゃ)と呼ばれていて、熊野神社と八幡社が合祀されて今の相楽神社という社名になったということです。

ということは、砥神山の両サイドにある神社の名は「とかみ神社」だったわけですね。

さて、“とかみ”から連想するのが、豊川市一宮町にある砥鹿神社で、ここで面白いと思うのが、橘諸兄の夢の話と砥鹿神社の縁起話がよく似ているような気がするのです。

橘諸兄卿、草鹿砥公宣卿(くさかどのきんのぶきょう)という公卿が訪れた・・・
この二人の公卿は同時代の人物のようである・・・
夢のお告げ・・・
老人・・・
とがみの神とトガの神・・・
社を建てて欲しいと告げる・・・


ふむふむ、状況や内容、話の構成がよく似ているなという印象で。ということは、伝説の元となった事象が同じなのではないかとも思えます。

で、一方、豊川市一宮町の砥鹿神社の社名の由来には、

①大国主が最後に止まった場所で、止所でトガ。
②鹿を神とする、ト鹿でトガ。
③豊川(とよがわ)からトガ。
④トカリ氏からトガ。
⑤多賀からトガ。


などの説がありますが、蒲郡市の砥神神社も、兎上、兎頭、戸神、十鹿見、遠鹿見といった書き方があります。

そして、昔は、砥神神社と多賀神社がそれぞれあって、江戸時代に両社が合併してしまったようで、それ以来、多賀神社の名が消えて、砥神神社になってしまったようです。

砥鹿神社と砥神神社と相楽神社は、伝承や社名由来が何か似ている感じがしてとても気になります。

さらに、兎上、兎頭という名前から、菟上足命(うなかみすくね)を祀る菟足神社とも繋がり、豊橋市高塚の菟頭神社(うがしらじんじゃ)とも関係してきそうな感じがします。三河南朝御所・王田殿があったとされる豊川市小田渕町の近くにも菟足という地名があるので、そんな点も気になるところです

さてさて、砥神山から砥鹿神社へと話が繋がり、前ふりの説明が長くなってしまいましたが、砥鹿神社との関係は、この辺りをじっくり考えてみると、三河国一宮の砥鹿神社の秘密が解き明かされるのかもしれませんが、色々と研究されている方も多く様々な説がありますし、また私たちには難しすぎるテーマで、あまりアホなことを言っては失礼なのでここまでですね

それでは相楽神社へとまいりましょう。

豊川市御津町に隣接する蒲郡市相楽町門成の山の中にあります。晴れていると三河湾が一望できる気持ちのよいロケーションです。

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<道端にある案内看板。相楽神社に兎上神社が合祀されたことが説明されている。>


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<相楽神社。ぐっさんによると、この周辺一帯を後村上天皇を祀る場所といい、また、長慶天皇(=大宝天皇)の生誕地で、そんでもって多賀の里とも呼ぶらしいのですが、ちょっと意味不明で分かりづらい・・・ ま、しかし、そんなこんなで謎多き場所でありんす。>


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<この日は薄曇りだったので眺望はイマイチでしたが、天気が良ければ三河湾の眺めがキレイだと思います。周りはみかん畑で、ポカポカとした長閑さが気持ちいいです


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<社殿全景ですが、屋根をみると軒丸瓦全部に漆喰のような物が埋め込まれている様子・・・?>



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<何か被せ物がしてあるような屋根のてっぺんの瓦の文様と軒下にある緑の文様は、よく見てみると、どうやら菊花紋のようです。>


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<違う角度からもみても、被せ物の下にあるのは菊花紋に見えます。緑色になっているのは銅版の装飾品のようですが、分からないように削ったのか、埋めたかのようです。しかし、ほとんど全部の瓦の文様を埋めるとは、これいかに?深まる謎

何で紋が隠してあるのだろう?いつこれをやったのだろうか?何か見つかってはいけない理由があったのだろうか?などと考えつつも、「寺院では、屋根をふき替えた時の古い瓦が、縁の下に残されていることが多いからなぁ」と、ちょいと縁の下を覗いてみたドグオ氏はこのような瓦を発見


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<十五弁の菊花紋。中心が梅鉢紋になっている。十五弁の菊花紋というのは珍しいらしい。それに梅鉢紋が組み合わさっている紋というのは一体どういう紋なのでしょうか?家臣でこの紋を賜った人がいるのかな?それとも誰か特定の天皇、親王さんを現す紋なのだろうか?何だろう?>

菊花紋をネットで調べてみても、十六弁とか十二弁の菊花紋などが多くあるようですが、十五弁はかなり珍しいようです。伊勢には多いとかいう話もありましたが、真偽のほどは分かりません。

梅鉢紋というのは、蒲郡市の清田の安楽寺にもあって、この寺は徳川家康の生母・於大の方の再婚先である久松家の菩提寺で、久松家の紋が梅鉢なんですね。自称天皇といわれる三浦氏が修業したのも安楽寺です。

徳川家康がここでまた南朝の痕跡地に絡んできていて、さらに安楽寺でも瓦の菊花紋が所々埋められていたので、何か怪しい気がしますね。


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<安楽寺の土塀にある梅鉢紋。屋根の瓦には菊花紋。一部埋められている。>

古い資料を元に南朝の伝承地を訪ね歩いて思うことは、ほとんどが何らかの理由で封印されているんじゃないかということです。誰かが都合が悪くて、南朝の証となる物を隠ぺいしてしまったんだよね、きっと。

今回はご紹介できませんでしたが、相楽の森一帯から御堂山にかけては、古いお寺や古城跡や古墳などがあって、山歩きしながら歴史散策、自然散策ができてよいですよ


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