B フレンズ

穂の国東三河を中心に、三遠南信の歴史と謎、エネルギーを探求しています。ブログタイトル改めました。

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二つの犬頭神社

「開運・和のお守り文様366日」という本があります。「誕生石」「誕生花」があるように、お誕生日別の和の文様を紹介した本です。



<パソコンから>


<携帯から>

文様というのは、着物の絵柄を想像していただければいいかと思います。日本にはたくさんの文様がありますが、言葉のない古い時代から使われていた文様もあることから、この「和の文様」には、古の人々たちからの隠されたメッセージがあるのではないかという視点で、タロットカードの絵解きの手法、数秘術、各種の故事、語呂合わせなどを使って、和の文様の意味が解かれています。

皇族の方たちは、各自それぞれに「お印」といった文様があり、それをご自分の持ち物に使われています。このような習慣に肖り、私たちも、この文様を自分のマークに使ったり、お守りにしてみるのもいいですよね。また、自分以外にも、家族、友達などの文を調べて、何かをプレゼントする時に使ってみるのも楽しいと思います

自分たちも、家族や友達、周りの何人かの文様を見てみたのですが、なぜか結構その人に合っているというか、その人を現わしている文様が出てくるので面白いですよ。

これによると、私は「日月文」。本名に「日」が二つ付くくらいだし、俳句用の名前にも「卯」という文字を使っているので、こんな所でも太陽と月にご縁があるなんて、嬉しいなぁと思いました

そして、モ吉は「犬文」。犬文は、子供の着物に使われる可愛らしい文とのこと。戌年生まれで犬文と出るなんて、大爆笑でした(^◇^) おまけに「犬は一生食いっぱぐれがない」と言われるのも何となく納得かな~、なんて。ワンワン

さて、犬の話題が出たところで、愛知県豊川市千両(ちぎり)町の佐奈川べりに「犬頭神社」というのがあります。

五穀、桑蚕と関わりの深い「保食神(うけもちのかみ)」を祭神とする神社です。三河地方で最も古いとされる銅鐸が、この近くの「才の神」から出土していて、これをこの神社の宝物としています(現在は桜ケ丘ミュージアムにて保存・展示)。


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東三河は、古くから桑蚕が盛んな生絹、生糸の産地で、特に生糸は「犬頭糸」と呼ばれ、朝廷に献上され、その上質な糸は大変喜ばれていたそうです。「今昔物語集」には、「犬頭糸」まつわるこんな伝説が残されています。

三河国の郡司は妻と妾を持っており、この二人に蚕を飼わせて、糸をとらせていた。ところが、どうしたことか、本妻は蚕を全部死なせてしまい、糸がとれなくなってしまったので、郡司は、妾の家の方ばかりに行き、本妻の家に寄り付かなくなってしまった。

蚕がいなくなると家も貧しくなってしまった。従者二人を残すだけの、心細い生活に、本妻は、嘆き悲しんでいたが、ある日、屋敷の桑の木に、一匹の蚕を見つけ、大事に育ていくと、日ごとに大きくなっていった。

ところが、その蚕を、飼い犬の白い犬が食べてしまった・・・。

それを見た本妻は激怒し、白犬を撲殺しようとしたが、思いとどまり、「蚕一つ飼うことができない自分が情けない・・・」と泣いていると、突然くしゃみをした犬の鼻から白い糸が二筋出てきたので、不思議に思いそれを引っ張ると、次から次へと糸が出てきた。そして、たくさんの糸を巻き取ると、白犬は力尽きたように倒れて死んでしまった。

本妻は「これは神仏が犬となって助けてくれた」と思い、屋敷の桑の木の下に丁重に埋葬した。それ以来、本妻はたくさんの糸をとることができるようになった。

そんなある日、夫の郡司が本妻の家の前を通りかかり、その家のひっそりたした様子が気になり、家の中に入ってみると、本妻が一人で多くの糸を扱っていた。

その糸は、雪のように白く光沢があり、とても上品であった。郡司は不思議に思い、訳を尋ねると、妻はありのままを報告した。これを聞いた郡司は驚き「神仏の加護深き人を粗末にしたのは間違っていた」と後悔し、妾のところには行かなくなった。

犬を埋めた畑の桑でつくられた繭糸の美しさが有名となり、この物語を国守から朝廷に申し上げ、その後はこの糸を「犬頭白糸」と呼んで朝廷に納められ、天皇の御衣に織られるようになったということです。



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このようなお話が残されていますが、この話の背景を、白犬というのは、蚕の頭を拡大してみると耳の垂れたワンコによく似ているので、それを現わしているのでは?とか、白犬というのは農奴のことの置き換えで、蚕(=繭)を口に入れたのは、農奴ではないか、その農奴が口の中で転がして糸をとる方法を知っていた(本妻は糸口が見つけにくいタイプの繭を作っていたのではないか)、といった感じに読み解くこともできると解説する方もいらっしゃいます。面白い解説ですね

以前のブログでも紹介していますが、東三河地方は、古くから機織りに関係していたということで、その痕跡をいたるところで見ることができます。犬頭神社の近くには、籰繰神社(わくぐりじんじゃ)、服部神社がありますが、犬頭神社で繭を出し、わくぐり神社で糸をとり、服部神社で織り上げて朝廷に献上していたそうです。

さて、もう一つの犬頭神社が岡崎市宮地町にあります。こちらは「糟目犬頭神社(かすめけんとうじんじゃ)」という名称で、式内社です。祭神は、彦火火出見命(ひこほほでみのみこと)。もとは和田郷糟目(現在の上和田町)の場所にあった神社が、矢作川の洪水で流され、現在に位置に移転したということです。


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こちらの白犬の伝説は・・・、

上和田城主宇都宮泰藤が、鷹狩りの折りに、この神社の境内の大杉の下で休憩をしていた。

すると、大杉から大蛇が降りて来て、城主を襲おうとしていたが、気づかずに眠りこんでいた。その時、連れていた白犬が大蛇に気付き、城主に知らせようと吠えたが、大蛇に気付かなかった城主はまた眠ってしまった。それでも犬は吠え続けるので、眠りを邪魔された城主は、犬の吠えることに怒り、犬の首をはねてしまった。はねられた犬の首は、飛び、大蛇の喉に噛みつき、大蛇を退治し、城主を救った。

城主は、驚き、後悔し、忠犬の霊を慰めるため、犬の頭を「犬頭霊社」として手厚く葬った・・・。

また、もう一つ、上和田城主、宇都宮泰藤は南朝の忠臣で、足利尊氏が京都で晒していた新田義貞の首を密かに奪い、この神社の池中の塚に埋め、その首を隠すために犬頭伝説を流布させ、犬頭霊社をお祀りしたと伝えられていると・・・。



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同じ名を持つ神社ですが、岡崎の犬頭神社には、犬頭白糸物語との関係は伝わっていないという話もありますが、実際のところ、今昔物語の犬頭白糸の話は、どちらの神社の事を言っているのかは不明な点もあるそうです。しかし、同じ名前の神社を持つ所に、何らかの関連性があるのではないかと推測したいところですね

さて、先ほど、ちらと登場したわくぐり神社ですが、古くから農業、養蚕のご神徳が高く、特に安産・子育てのご神徳あらたかな神社として知られています。大正時代より皇室へ御安産のお守りを奉献されています。


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創祀は雄略天の頃と伝えられ、祭神は保食神(うけもちのかみ)、稚産霊神(わくむすびのかみ)です。


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階段を上って行くと、神社です。

さて、わくぐり神社の前に国道151号線がありますが、この道路の向こう側にも鳥居が見えます。


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豊川沿いにあるその場所に行ってみると、鳥居の真ん中になんと本宮山を遥拝することができるのです。ここは、わくぐり神社の旧社地のようですが、あらま~、なんともすごい景色じゃないですか!これは何かありそうなにおいが・・・。クンクン・・・




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2017.9.19ブログタイトルを改めました。

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