さて、残すところ2010年もあと2日となりました。

来年の干支はウサギですね 大きくビョ~ンと飛躍するぞ~といった意味で、来年の干支にちなんだウサギの神社へと初詣にお出かけしてみてはいかがでしょうか☆

ウサギの名前の付いた神社が二社あります。まず一つは、豊橋市高塚町にある“菟頭神社”です。ウサギの頭と書いて、“うがしら”と読みます。

国道42号線(表浜街道)を浜松方面向かって走ると、高塚の信号のすぐ手前に右側に入る道路があります。そこへ入って行った奥にある神社です。民家の路地のような道路になっていますが、神社脇には何台か止められる駐車場があり、地元の人たちによってとても大切に綺麗にお祀りされている神社です。神社の南側はすぐ海です。

先日訪れた時には、迎春準備に地元のおじさんが来ていて、「ここの神様は紙のお賽銭が好きだで、よろしくお参りしていっておくれんのん、アハハ」なんて面白いことを言っていました(^^)

さて、菟頭神社の祭神は“月読命”です。由緒によると、“トフトの神”がその名の由来のようですので、このトフトに菟頭の字をあてて(“菟”は“とつ”と読みますので、菟の頭と書いて、“トツト”と読むことができる)、菟頭神社となったのではないかと推察します。

柳田國男の研究によると、トウト神と言うのは、「近戸(チカツ)神」に対する「遠戸(トウト)神」と言うことで、「鳥頭(トットウ)」「唐戸(トウツ)」「渡唐(トトウ)」「東頭(トウヅ)」「止々(トト)」・・・、などという名前の神社をみることができるそうです。

遠戸神というのは、一種の防ぎの神、境の神(境界の神)と分類されるとのことです。

菟頭神社は、元々こういった性質の神様を祀っていたのではないかと思われますが、どこかの時代で、祭神が月読命とされ、「トウト=菟頭」と当てられたのではないかと。祭神が月読命の菟(うさぎ)と書く神社だなんて、なんてロマンチックな取り合わせの神社でしょう。月のウサギ神社ですね!

参考までに、ヘルモポリスというエジプトの古代都市を中心に信仰された神がトート神です。ギリシャ語ではトトと呼ばれます。ヘルモポリス以外の地域でも多くの信仰を集め、広い地域で長きにわたって信仰されたため、知恵の神、書記の守護者、時の管理人、楽器の開発者、創造神などとされ、神話も多岐にわたっているという神様だそうです。古代エジプトでは月の属性を持ち、太陽が沈んだ後の夜の時間は、トート神が地上を守護をするとのことです。こちらのトートという名の神様も月に関係しているようですが、エジプトのトート神と月読命を祭神とする菟頭の神様に何か関係がありそうな、なさそうなといった謎を感じて、興味が湧くところですね。

「トホカミエミタメ」という神咒(かじり)がありますが、これは「遠つ神 笑みたまえ」といった意味があるとのことですが、ひょっとしたら、ここでいう“遠つ神”とは“遠戸神”という解釈もできるのかなと、思ってみたりしました。

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そして、もう一つ。以前にもブログでご紹介しました、豊川市小坂井町の菟足神社です(市町村合併で宝飯郡から豊川市になっちゃいました)。

平井村より菟上足尼命(うなかみすくねのみこと)をお迎えし、お祀りしたのが菟足神社で、神社に菟(うさぎ)の名がつくのは、この方に由来するのではないでしょうか。菟上足尼と言う方は、第8代孝元天皇の子孫の、葛城襲津彦(かづらきそつひこ)四世の孫で、中央から穂国造(ほのくにのみやつこ)として派遣され、この地域を治めていた方です。

徐福伝説やいけにえ伝説のある神社としても知られています。
参考までに、過去記事はこちらです。
「いけにえ伝説」
「イサクの祭りと菟足神社(うたりじんじゃ)の風まつり」

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それでは、来る新しい年が皆様にとって素晴らしい年になりますように

今年もありがとうございました。来年もまたよろしくお願いいたします(*^_^*)





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2010_12_30


いきなり北緯34度47分って書かれても、「何ですか、それ?」って感じですよね(^_^;)

北緯(南緯)、東経(西経)というのは、地図や地球儀で見かける縦横のグリッドラインで、地球上の位置を表すのに使いますよね。GPSでお馴染かとも思いますが、地図には、緯度が横線、経度が縦線で書かれていますね。北半球は北緯東経、南半球は南緯西経となっています。

で、この緯度・経度が同じ数値のところを辿っていくと、南北、東西を直線で追っかけて行くことができるのです。緯度の数値が同じところを繋いでいくと、東西の直線ラインに、そして、経度の数値が同じところを繋いでいくと、南北の直線ラインが出来上がります。ちょっと、ややこしいかな?

さて、東西の直線ラインというと、そうです、春分、秋分の“日の出・日没ライン”が出来上がるってことなのです

では、またまた、超ローカルネタになりますが、北緯34度47分には、豊橋市日色野町(しきのちょう)の菱木埜天神社という神社があります。

菱木埜天神社のお隣には、神泉寺、その隣には熊埜神社というように、お寺を中心にして左右に神社が配置されるという形になっています。

地域でお祀りされている小さな神社なのですが、ここには徐福伝説や元伊勢、何らかの宮があった場所ではないかとの伝承が残る、ちょっと謎めいた神社でもあるのです。いけにえ伝説の残る小坂井町の菟足神社とも関係があります。

そして、実際に訪れてみると、こういったよく分からない物が置いてある(祀ってある)のです。


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丸い木を真ん中から真っ二つに割って、そこに12本の線が描いてあるのです。これが二本(対)にして、注連縄でくくられて祀ってあるのです。

私たちは、全く初めてお目にかかるもので(隣の地域に住んでいた私も全く知らない)、「一体これは何?」と不思議に思って調べてみても、これといった情報もつかめずにいたのですが、先日、また訪れてみた時に、たまたまそこにいた近所の人と思われるおじさんに尋ねてみたら、「いつもは12本の線だけど、閏年には13本の線になるだぞん」と教えてくれました 何のために、いつから行われているものかは分からなかったですが、どうやら暦に関連するものらしいということが、おぼろげながらつかめたようです。

閏年とか、13の月とか、13ヶ月とか、太陽暦とか太陰暦とか・・・、暦の話になると、これまたややこしい・・・( ̄▽ ̄;)と思いつつも、色々と調べていたら、こんな話が出てきました。

仲哀天皇の頃から、氏族が自分たちの部落の行事に合わせて暦を編纂していて、今も部落ごとに守られている地域があるのだとか。木の幹を小さく割って、大小さまざまに一年の月日に並べて、皆が一致するまで、立て替え、並べ直しを繰り返し、納得がいくまで日取りを組む。こうやって、太陽暦と陰暦のずれを計算して、暦を作る、これを「日振り」といい、そして、その暦が出来上がると氏族一同に触れて回り、知らせることを「日振れ」という・・・、こんな記述を見つけました。

ふ~ん、菱木埜の木の幹を割ったような物に書かれた12本の線も、暦を現わしているのだとしたら、こんな風習からきているのかもしれない。そして、出来上がった暦を集落の人々に知らせるために線を書いて(今年は12カ月だよ、今年は13カ月の年だよってな感じに)、人が集まる場所に置いたのかしら?そして、それがああいった形で今でも残っているのかしら?そんな想像をしてみました。

太陽暦と陰暦は、現在でも調整が難しいということですが、古代では、氏族によって暦が違っていたらしく、氏族間の暦の調整はとても大変で、暦は自国の命運をも左右させるような政治的にも重要なものであったようです。

おっと、34度47分ラインから話がちょっとズレちゃいましたので、話を戻しましょう

菱木埜天神社の西側は三河湾にドボンしちゃうので、東を見てみます。すると、石巻山がバッチリ見えるのです。そうです、石巻山も北緯34度47分で、菱木埜天神社と東西で直線に並ぶのです。春分、秋分には、石巻山から昇る太陽を菱木埜天神社から見ることができるのです。

菱木埜天神社と石巻山の距離は、直線で約10キロ少々ですが、この間には・・・、

菱木埜天神社(徐福伝説・秦氏)
平井稲荷山貝塚
菟足神社(徐福伝説)
五社稲荷(古墳)
瓜郷遺跡(竪穴式住居)
光道神社
八所神社
行明神社
牛川浪ノ上稲荷神社(古墳・徐福伝説)
石巻山

こういったところが並んでいるのです。

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地図にラインを引っ張ってみるとこんな感じです。このピンクのライン上に、上記の神社などが点在しています。線が細いので、ラインからはみ出している場所があるじゃんって思うところですが、緯度の1分は、おおよそ1.85kmの幅がありますので、その中にこれらの場所が点在しているということです。ちなみに緯度が1度違うと、111km違うそうです。1分以内の中に、これだけのものが置かれているということは、偶然できたものだとは考えにくく、たぶん、計算して配置されたのではないかと思います。

さて、このラインの中にある「光道神社」は豊橋市大村町にあります。豊川沿岸にあるこの神社は、目の前に石巻山を見ることができるロケーションとなっています。「光の道」という名のこの神社は、石巻山を春分、秋分に遥拝する場所であると言われています。

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神社は、船の形をした敷地に建てられていて、来名戸之塞神(クナトノサイノカミ・クナト神)と住吉三神の中の底筒男命、中筒男命の2神と神功皇后が祀られていますが、ここと同じように豊川沿岸の一宮町にある津守神社も船形の敷地にあり、住吉大社を祀る津守氏と同族だということで、何か関係あるのではと思わずにはいられませんね~(^^)

さらに、34度47分ラインからは外れていますが、御津町(みとちょう)にある御津神社の境内にも、船形に組まれた石垣に龍神が祀られており、これもまた何か関係があるのかな?と思ってしまいます。

クナト神は、フナト神、塞ノ神・才の神(さいのかみ)とも呼ばれ、イザナギが、黄泉の国の亡者となったイザナミに追っかけられた時に、杖をさして追い払った「来な=クルナ」の神と、船で神が渡ってきたので、フナト神と言われるとか、いろいろと説があるようです。

そして、さらに東へと辿ると、牛川原人の骨が出土したことでも有名な牛川地区があります。最近も、何やらが出土したらしく、発掘作業なんぞをやっています。その牛川の浪ノ上町に牛川浪ノ上稲荷があります。ここは古墳でもあります。

ここから東には石巻山が見えますが、真北を見てみると砥鹿神社里宮を通過して、本宮山へと行きつきます。

本宮山と石巻山を“山あて”にして、南北、東西のラインが交わる場所に、浪ノ上古墳を築き、この二つの山を遥拝していたのではないかと思われます。(逆に遥拝所だったところを古墳にしたのかも?)

さらに、驚くべきことには、本宮山から浪ノ上古墳の距離を二分したところに、砥鹿神社里宮が位置するのです。おお~、ビックリ~と言いたいところですが、わざと作ってあるので、敢えて驚くことでもないようです(^_^;)

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浪ノ上稲荷神社です。近所の人に地域の住宅地図を見てもらって(近所の人も知らないという・・・)、やっと見つけました。はふぅ~(>_<)

ここも徐福伝説が残る場所です。今ではあまり知られない場所になっていますが、この場所は、東西南北ラインの交わる重要地点だと思われます。

さて、34度47分とは違って、超メジャーなレイラインと言われるのが、34度32分のご来光の道で、これは東端を神島にして、伊勢の斎宮~奈良の大神神社へと東西へ伸びる、名所旧跡史跡だらけのラインとなっています 超豪華っ( ̄▽ ̄;)

これと比べると、34度47分は超ローカルなしょっぱいレイラインですが、それなりに謎がいっぱいって感じで、なんだか楽しくなってきます。にゃんとですね、このローカルレイライン上に、ウチのお寺も実家もあるし、どんどん東へと伸ばして言ったら、掛川市の事任八幡宮とも同じ緯度になってたっすよ~。うひょ~、パーソナルレイラインだ~!感激~ 春分の日には、実家から事任八幡宮へと繋がってパワーをいただいてみようかしら?これぞ神仏のリレーション(^◇^)

でもって、事任八幡宮から北へとラインを伸ばしてみると(東経の数値が同じところを辿ると)、粟ヶ岳(阿波々神社)があり、そして、分杭峠を経て、戸隠へと繋がっていくのです。これもまた、ちょいと豪華な南北ラインですね。

そして、12月22日は冬至。この日は一年で最も日が短い時期になります。冬至は一年の中で一番太陽のパワーが弱まりますが、この冬至を境に、太陽はまたエネルギーをどんどん増していく(日が長くなっていく)ということから、再生を意味すると言われます。太陽のエネルギーは夏至の日が最大になるということから、夏至の日の出(朝日)にパワーがあるってことになるんですね。

そんな太陽のエネルギーをいただくべく、古代より人々は太陽を信仰し、特に夏至の日の出と冬至の日没を重要視していたようです。

石巻山から冬至の日没の方角は、伊良湖岬の先端、うち海のゴルフ場のあるあたり。さらに西へ伸ばしていくと、三重県の答志島、伊勢神宮内宮となります。答志島の名の由来は、“冬至の島”からきているそうなので、古代より冬至に関係する場所だったようですね。

「冬至にかぼちゃを食べると病気にならないよ」といった言い伝えは、こんな所からきているのでしょうか(^^) さてと、もうじき冬至ですが、再生のエネルギーを充電してみてはいかがでしょうか。

さて、連日連夜のライン探し、ライン引きで、ついに頭痛で悶絶しておったモ吉さんですが、レイライン&エネルギーライン探しは、まだまだ続くのであった・・・。

続きは次回です


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2010_12_14


先月のブログから一カ月がたってしまったので、FC2の広告が入ってしもたっ・・・(>_<)

ほんじゃまぁ、ネタを絞り出してみましょかってな感じで、来る新年に向けた初詣お出かけスポットをご案内します

私たちお勧め、開運するかもしれないスポット、その名も【穂の国稲荷めぐり】です。稲穂と稲荷の組み合わせが絶妙なネーミングですね~(^^) おほほ、自画自賛♪

参考までに、穂の国というのは、三河の国となる以前の、豊川市を中心とした地域の古い国名です。

さてさて、穂の国稲荷めぐりのその場所というのは・・・、

五社稲荷/豊川市小坂井町欠山1番地
●西島稲荷/豊川市西島町薮下49
●花井寺・中央荼枳尼真天/豊川市花井町13の10
●三明寺・豊川弁財天/豊川市豊川町波通37
●豊川閣 妙厳寺・豊川稲荷/豊川市豊川町一番地

です。

まずは、五社稲荷。こんもりとした場所にある稲荷さんですが、ここは古墳だともいわれている場所です。五社稲荷社の周辺には、昭和2年(1927)愛知電気鉄道(現在の名鉄)の鉄道敷設に使う土砂取り工事中に発見された弥生時代後期(約1900年前~1700年前)の遺跡があり、壺、ひさご型壺、甕(かめ)、高坏(たかつき)、器台(きだい)などの土器(欠山式土器)が出土しているそうです。


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151号線バイパスから見える大鳥居。数年前にはなかったのに、気がついたらそびえておった


西島稲荷。
ここは・・・、実は、豊川稲荷の元の稲荷さんだということです。地元の人から大切にお祀りされているようです。


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151号線バイパスから、香月堂アウトレット(バームクーヘンとか安くて結構イケるよね♪)の南側の細い道路を入っていた先にあり、隣は光福寺というお寺です。


中央荼枳尼真天。ここは花井寺の中にあります。花井寺は、三河の国司・大江定基の室「花井媛」という方が、定基が出家したのを悲しみ、自らも出家し、ここへ庵を結んだことに始まるとのことです。病気平癒の霊泉が湧き出る泉の地として護持されてきたお寺です。曹洞宗、ご本尊は十一面観音。


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三明寺。JR豊川駅のすぐ近くです。豊川弁財天と呼ばれるお寺で、ご本尊の弁財天は、大江定基が側室の力寿媛の死を悼み、等身大の弁財天を自らが刻んだものと言われている。弁財天は裸身で、十二単を着ており、12年に一度(巳年)に替えられるとのことです。

境内には三徳稲荷がありますが、ここは西島稲荷の分祀で、三つの願望が成就するとされています。


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立派な三重塔です。


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宝飯(ほい)の聖泉。ここにも、かつて泉が湧いていたようです(今は枯れてしまっています)。文武天皇の夢枕に、宝飯の弁財天が現れ病気が治癒したという伝説があります。


そして、豊川閣妙厳寺・豊川稲荷です。商売繁盛として知られるお稲荷さんですね。今川義元、織田信長、豊臣秀吉、徳川家康などの歴代著名人をはじめ広く一般信者に、その霊験は信仰されてきています。


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豊川稲荷といえば、数年前のことになりますが・・・。

私どもは友人とともに、ある曹洞宗のお寺に座禅を組みに行っていました。そこのお寺は、豊川稲荷・妙厳寺に縁のあるお寺で、そこのご住職から、「12月8日はお釈迦様が悟りを開かれた日で、その法要が豊川稲荷であるので参加しませんか」とお誘いを受け、その成道会(じょうどうえ)の法要にお参りさせていただいたことがあります。

法要は、朝の5時ころから開始だったように記憶しています。冬の夜明け前の一番寒い時間帯、薄暗い妙厳寺の本堂の中。本堂にはもちろん暖房などなく、なんとも寒い中をじっとして、荘厳なるお経を聞いておりました。この法要には、東京の豊川稲荷の信者さんたちも参加されていました。法要が終わると、修行明けにお釈迦さまが口にされたお粥と同じように、小豆粥が参拝者の手にひらにひと匙ほど配られました。手のひらにお粥がポトッとひと匙落とされた瞬間、手のひらの中心から完全に冷え切った身体全体へと、熱がドワドワドワ~っと伝わり、たったひと匙のお粥の暖かさに感動したのを覚えています。

妙厳寺には、仏舎利もあり、その仏舎利も有り難くお参りさせていただきました。その後、御祈祷を受け、控室に戻り、朝からモリモリと精進料理を完食~(^_^;) 精進料理とはいえ、天ぷらあり、お揚げの煮物ありで、結構豪華な食事でした。美味しかったです

豊川稲荷・妙厳寺では、こんな貴重な体験をさせていただいたのでした。ありがとうございました

さて、ちょっと早めの正月ネタになりましたが、来る新年が明るく、楽しく、あらゆる面で豊かになるように、穂の国稲荷めぐりの初詣を計画してみてはいかがでしょうか?

今回は、超地元ローカルネタでした。実は、まだ超超超~ローカル願掛けネタもあるんですが、あまりにもローカルすぎるので、やめておきまふ

参考までに、穂の国稲荷めぐりの場所はこちら。

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ピンクの★印がその場所です。


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本日は「東三河エネルギー研鑽会」ブログに、ようこそいらっしゃいました(^^)

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