B フレンズ

穂の国東三河を中心に、三遠南信の歴史と謎、エネルギーを探求しています。ブログタイトル改めました。

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パワースポット・天白磐座遺跡(渭伊神社・いいじんじゃ)と井伊谷宮(いいのやぐう)

またまた遠州へお出掛けの私たち。今回は、浜松市引佐町(いなさちょう)にある天白磐座遺跡(渭伊神社)と井伊谷宮へ行ってきましたzoomzoom001

天白磐座遺跡にある渭伊神社は、元々は井伊谷宮の場所にあった神社だったのですが、南北朝時代に現在の位置に遷座されたということです。神社社殿の背後にある磐座が天白磐座遺跡となっていますが、ここは古代より連綿と続く祭祀跡だったということで、土器、鉄鉾、勾玉などの祭祀に用いられた遺物も発掘されています。

この渭伊神社より東南へ約600mほど行ったところにあるのが、井伊谷宮です。ここは後醍醐天皇の第四皇子の宗良親王(むねながしんのう)が祀られている神社です。

宗良親王は、南北朝時代に一品中務卿東征将軍として、引佐町井伊谷に入られ、ここを本拠として各地でご活躍、ご苦労をされ、晩年は再びこの地へ戻られ、薨去されました。逆境を乗り越えた親王さまであったことや当時としてはご長命だったことから、ご神徳は「長寿・除災開運」、また、和歌に秀でておられてことから「学徳成就・合格」といわれています。

その後、明治になって官幣中社(かんぺいちゅうしゃ)という格式高い神社になり、昭和天皇や現在の天皇皇后両陛下が参拝され、皇室ととても深い繋がりのある神社となっているということです。社殿の奥には宗良親王墓があり、宮内庁の管理の元、大切に祀られています。

また、井伊谷という場所は、桜田門外の変で有名な幕末の大老、彦根藩主・井伊直弼の祖先の土地でもあります。

↓渭伊神社

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↓井伊谷宮

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さて、まず、最初に行ったのは、天白磐座遺跡のある渭伊神社です。通常、磐座のある場所というと、山の頂上だったりすることが多く、行くのに大変だったりするのですが、この磐座遺跡は住宅街の中にあり、とても簡単に行ける場所でした。夕方ということもあり、神社の境内では、下校の途中かと思われる中学生たちが遊んでいました。

神社の社殿の裏手に、薬師山といわれる丘があり、杉の木立がまっすぐと立ち並ぶ森の中に、大きな岩がゴロゴロと横たわっています。


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丘の頂上付近にある二つの大きな岩にはしめ縄が張られていて、その奥にこの二つの大岩と三角形を作る位置に、もう一つ岩があり、この三角形の中が祭祀をする場所であったと思われます。この場所から、古代の祭祀に使ったと思われる出土品が多数発掘されたようです。古墳時代から平安時代にかけて祭祀場であったようです。

丘に足を踏み入れた瞬間から、フワッと包みこまれるような暖かさを感じていました。「今日は暖かいせいかな~?」なんて思いながら、丘一帯を散策し、祭祀跡の大岩のところで、しばし瞑想をしてみました。といっても、目をつむって、「ぼぉ~~~~っ」とするだけの、脱カルマ瞑想ですが(^_^;) なぜか瞑想中に、時折、しめ縄の辺りから、トタン屋根を叩くような音が聞こえてきたのですが、ドグオ氏は「しめ縄の紙がカサカサいってるだけだよ」なんて、言ってました。う~ん、ちょっと違うような・・・。妄想的発言をしてしまうと、何となく銅鐸の音のような感覚があるのですが・・・(^_^;) 

さて、岩に座っていて、お尻も冷えてきたことなので、神社の方へと移動しましたみずたまこ


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「写真を撮らなきゃ~」ということで、社殿や神社の案内看板などをカメラに収めていたら、謎の神様を発見(◎o◎)! 

「何?このモロード様って!?」

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神社には似つかわしくないカタカナネーミング。「外人の神さん?」「クロード・チアリ?」みたいな名前です。

モロード様って何だろう?と話していたら、ドグオ氏が「それは客人神じゃないのかな?」と言い出しました。

「あ~、客人神=まろうどの神(まろうどはお客さんの意味の古い言葉、俳句で使用することも)が訛ってモロードってことか?」

アラハバキ神もそうなのですが、古く、縄文期より信仰されている土地の神様が時代を経て、日本神話の神様に変わっていった時に、除外されて、お客さん扱いされちゃったというのが、客人神となって残っています。

ここもアラハバキ神系ってことになるのもしれませんね。

「へ~、面白い~おんぷ2つ」なんて言いながら、そこら辺をパチリパチリと撮影していたら、何やらへんな光の玉が写っている写真が撮れちゃいました。モロードさん、来たか?!


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秋の日はつるべ落としというように、あっという間に夕暮れ空。「日が暮れてしまうから、次に行かなきゃ汗」ってことで、井伊谷宮へと移動することに。

小奇麗に管理された井伊谷宮。夕暮れの中にしっとりとした感じで佇んでいます。鳥居と門をくぐり、社殿へと進みます。社殿の奥に宗良親王の御墓があるということで、そちらへと歩いていくと、何やら、天白磐座遺跡で感じた暖かさと同じ感覚にフワッと包まれたように感じました。ふんわりとした暖かさは、ここの土地の気なのかな?なんて思ったりして。

御墓は入ることが出来ないので、外から一礼。

社殿の左手には、「慈母観音石」が立っています。この岩は、慈母の胸に抱かれた赤子の姿がうかがえることからこの名がついたそうです。

さて、ここでも撮影をしていると、またまた光の玉が写ってしまいました。「あれ~?まただ。何でだろ?木陰から西日が入るのかな?」ということで、角度を変えて、撮ってみましたが、また光の玉が写り込みます。

モロードさんがここまで付いてきたんですかね~?それとも、光の玉の入ってくる方向が、ちょうど宗良親王のお墓のある方向からなので、そっちと関係があるのかな~?

そんなこんなをしているうちに、すっかり日が落ちて辺りは暗くなってしまいましたので、手早く何箇所か写真を撮って帰りました。

後日、パソコンに取り込んだ写真を見てみると、帰り際に撮った写真、数枚にも光の玉が写っていました。


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天白磐座遺跡は、奥浜名湖名物・紅屋の味噌まんじゅうを買うついでに行けるくらい、手軽に行ける磐座です。紅屋のすぐ近所です。こんな人里で古代の祭祀跡を体感できるのは、ある意味貴重ですね。下手なヒーリングを受けるより、磐座のパワーに触れた方がずっといいかも☆

もう一つのお勧めは、井伊谷宮の御祭神である宗良親王のご神徳に触れてみることでしょう。

約650年ほど前、後醍醐天皇の皇子として生を受けられた宗良親王は、平和な時代ならば何不足ない輝かしい人生を歩まれたのでしょう。しかし、時の流れとはいえ、戦乱に身を置くこととなり、苦難の道を歩まれましたが、それにもめげずに多くの和歌を残され、ご長命であられました。その親王が、終の住処とした場所が井伊谷なのです。

現代も、昨今の経済不況や心の荒廃などから多くの苦難を抱え、悩まれている方も多いことと思います。この井伊谷宮で親王のご神徳に触れ、生きる勇気をいただいてみてはいかがでしょうか。

天白磐座遺跡(渭伊神社)、井伊谷宮は、東名三ケ日インターより車で25分ほどのところです。

さてさて、ここへ行く数日前、ドグオ氏は脱カルマ瞑想のMDを連日連夜、聴きまくっていたら、ある夜、布団の上から大蛇が巻きついているかのような、強烈な金縛りにあったのです。次の日筋肉痛になるほどの・・・(*_*; それで、「久しぶりにリコネクティブヒーリングをやってもらおうかな」ということで、リコネクティブヒーリングをやってみました。

リコネクティブヒーリングを開始して、すぐに電話が鳴り、近所のKさん(以前、竜の柩のブログに登場した人)の整体の予約が入りました。

Kさんが訪れ、「はい、お土産」といって封筒を渡してくれました。その封筒には、独自の視点で古代史を研究しているKさんのレポートが入っていました。Kさんは「パワースポット巡りの役に立つかもしれないよ」ということで持ってきてくれた資料の中に天白磐座遺跡のことが書いてあり、さっそく天白磐座遺跡に行ってきたというわけでした。

時間がタイトだったこともあって、滞在時間は短かったですが、二か所ともなかなかいい場所でした。情報ありがとうございました(^-^)

光の玉の写真ですが、その後、色々と検証してみました。オーブが写る場合は、ホコリとか水滴が写り込む場合が多いようですが、その日は雨でもないし、埃っぽい空気でもありませんでした。虫も飛んでませんでした。カメラのストラップが写り込んだり、指先が写っていたりとかの可能性も考えれるのですが、検証してみましたが、そうではありませんでした。レンズも汚れていません。

他には、撮影時は西日が強い時間帯であったので、日の反射なども考えたのですが、どの方向から撮影しても、写真の右上に光の玉が写るので、どうも日の反射ではなさそうです。

自分たちの分かる範囲で検証してみましたが、どうして写ってしまったのかが分からない光の玉ちゃんたちですね。

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写真を検証している時に、井伊谷宮の案内看板に、この神社の例大祭が9月22日と書かれていることに気がつきました。

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9月22日といえば、私たちにとっては重要な日、ドグオ氏の誕生日&コブ君の命日です。「例大祭が9月22日って何だろう?」と思って調べてみると、宗良親王が薨去された日なのだそうです。薨去されたのは旧暦の8月10日なのですが、これを新暦すると9月22日になるそうで、この日に例大祭を行っているということでした。この光の玉が写ったのは、9月22日繋がりで現れた宗良親王の御魂なのか?はたまたモロード様が磐座遺跡からくっついてきたのか?どちらでしょうかね~(*^_^*)?





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うすさま明王 in 可睡斎

近頃、遠州地方の神社仏閣に目が向いているエネ研は、静岡県袋井市にある可睡斎というお寺に行ってきました。

確かここは、コブメロがチビ助の頃に、秋葉神社~可睡斎コースで、親たちに数回連れてこられたことがあるのだけど、ヒドイ山道(たぶん秋葉神社)で、ゲロゲロに車酔いしたという、吐き気の記憶しか蘇ってこない、そんな場所です お寺の記憶に関しては・・・、全くありましぇ~ん顔

まっ、それはさておき、可睡斎は曹洞宗の禅寺で、天狗とトイレに烏枢沙摩明王(うすさまみょうおう)がいらっしゃることでも知られているお寺です。

このお寺は、明治6年、神仏分離(神様と仏様を別にして祀りなさいという法律)によって、秋葉神社より三尺坊大権現が移され、火防せの寺となったそうです。三尺坊は火を防ぐ神徳があり、カラス天狗姿で白狐にまたがった姿で現されています。もともとは戸隠で修業をしていた信州出身の修験者で、諸国での荒行修行の末に不動明王の行法を修得し、飛行自在の神通力を得て、そして、生身のままでカラス天狗(観音様の化身・迦樓羅(カルラ))となり、秋葉山へ飛んできたという伝説が残っています。人は修業をすると天狗になれるのか???ちなみに秋葉山のご近所の浜松市引佐の奥山半僧坊といわれる方広寺の半僧坊も天狗の名前だそうです。

しかし、なぜ、天狗に、火を防ぐ神徳があるのでしょうか?

神仙界の一つである天狗界というのは、我々の住む人間界を観察していて、悪いことをしているのに人間界では罰せられていない人を見つけると、人に代わって天狗界が処罰を下すという、かなりの武闘派集団のようです刀 その処罰とは、悪いヤツに火をつけて懲らしめるということで、そんな役割を担う天狗がいるってことらしいです。

・・・その天狗の爪先から、血のような液体が悪いことをした人にポトリと落とされると・・・、それが火になって燃え広がるのだとか・・・ ぎゃ~~~、怖っ(@_@;)ひえ~

こういったいわれが転じて、火を防ぐ天狗さんになったのではないかと思われます。

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では、散策開始。まずは、天狗さんと遭遇です。奥の本堂へ上がる階段の両脇に、天狗がいました~。カラス天狗と鼻の高い天狗。天狗の下駄と思われる大きな下駄や、どこかの企業が奉納した天狗用の大きな十能や火箸もありました。天狗用の道具ってのはどれも巨大なんですね~。なんだか面白いおんぷ2つ


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天狗といえば、少し前に行った椿大神社のサルタヒコも、その鼻が高くて大柄だったという容貌から、天狗だったのではと言われています。また、レイキの聖地として有名な京都の鞍馬寺も、源義経が幼少の頃、牛若丸の時代に、この山の天狗から剣術や武術を教わったという伝説がありますよね。「修験道=山岳修行=霊力を身につける」ということらしく、そのために磐座などのパワーのある場所を求めて山から山へと行者が歩きまわったようです。遠州の秋葉山、三河の鳳来寺山、信州の戸隠などは、行の場だったようですね。レイキは一説には、創始者の臼井さんが鞍馬での修行の末に会得した能力ということから、レイキのエネルギーも天狗の神通力ではないかという話もあります。この話はアンチレイキな人たちから聞こえてくることなんですが・・・。

簡単にスピリチュアル的な力を得ようとしたり、自分の能力を誇示するために力を欲しがったり、使ったりすると、魔界に落ちるっていわれます。天狗界も魔界だという話もあり、行者っぽい人が死んだ後には、天狗界の過酷な修行が科せられ、その苛酷さに「人間でいた方がマシだった・・・」と後悔するほどだとか・・・。「知らなかった謝罪~!」じゃ済まされないのが、スピリチュアルの世界らしい・・・。どわっ~、怖いっ・・・がーん

人として出来る努力を怠らないこと、これが大切ですよ~!

そういえば、私の親戚のおばあさんは、八卦見占いをやっていましたが、浜松市引佐にある奥山半僧坊で修業をしたという話でした。暗闇の中で行をしたとかで、天狗の神通力を持っていたのかしら?今も天狗界で修業しているのかな~?

さて、可睡斎のもうひとつの目玉は、「烏枢沙摩明王」です。ここのトイレに「烏枢沙摩明王」が鎮座しているという話を聞いたことがあり、「どんなもんか見てみたい~」と前々から思っていました。しかし、どこのトイレにいるのかは全く知らずに行ったので、とりあえず山門を入ってすぐのトイレをのぞいてみたのですが、「烏枢沙摩明王」のお札が貼ってあるだけの普通トイレでした(-_-) 「どこかにあるんだろう」と思いつつ、中を散策してみましたが、なかなかトイレが見つかりません。

「トイレないな~?」と思いながらも、さらに奥の院の方へと進んでみると、あらま~、なんと、こんなところにも徳川家康登場F☆Cultivation・兜 別に家康の逸話を探しているわけではないんですが、やたらと家康の逸話に遭遇です。この日は、可睡斎へ来る前に遠州一の宮・小國神社にも立ち寄ったのですが、ここにも家康が座って休憩した石というのがあって、「家康が悲境を乗り越えた事にあやかり、人生の再起をかけるご利益がある」とか説明されていましたよ。

「ふ~ん、このおっさん、ここでは何をしでかしたんだ?」とみてみると、「家康が武田軍に追われて、この寺のこの洞穴に隠れて命拾いをした」と説明書きされた穴がありました。ここで命拾いした家康が、その後天下を治めたということから、この穴は出世穴といわれているようですアップロードファイル


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お漏らししながら逃げたり、屁をこいたり、隠れたり、団子食い逃げ疑惑をかけられたり、石に座って休んだりと・・・、何かと大変な家康さんですねsc04

しかし、「トイレがないぞ~」ということで、寺務所受付で聞いてみると、トイレはお寺の建物の中にあり、本堂内部やお寺の建物、宝物などを拝観するコースに含まれているということでした。拝観料500円を納めて、いざ中へGO

おお~、ありました~!ここのトイレ自体も、日本で一番古い水洗トイレで、時代を感じる造りのトイレになっていました。そのトイレの入り口に、「烏枢沙摩明王」がいらっしゃいましたよ。ガネーシャを踏んづけている様はすごい迫力ですね絵文字名を入力してください


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烏枢沙摩明王は、モノの穢れを取り除くことから、一般的にはトイレの神様といわれていて、ご真言を唱えながらトイレ掃除をすると、健康UP(下の病気にならないとか)のご利益があるようです。「烏枢沙摩明王=金運UP」という説は、トイレ掃除をすると金運が上がるという、どこぞの話からきているのかもしれませんが・・・。

しかし、何故に、ここの烏枢沙摩明王はガネーシャを踏んづけているのでしょうか?ガネーシャも幸運を授けてくれる神様といわれていますが、それを踏んづけてる烏枢沙摩明王って何者なんでしょ?

ご不浄を取り除くという意味で、禅寺のトイレには烏枢沙摩明王が鎮座されていることが多いようですが、一説には、烏枢沙摩明王は、有り余る性欲を乗り越え、その煩悩に打ち勝った神様でもあるいうことです。

フムフム・・・、ここからはエネ研の推測になりますが、ガネーシャ(歓喜天)は愛欲の神様でもあることから(二匹の像が抱き合っている様)、ガネーシャが踏みつけられ、そして、一切の欲望の煩悩を振り払うという意味で、トイレにこのような烏枢沙摩明王を鎮座させたのかな?と想像しました。

ふう、やっと烏枢沙摩明王に会えたということで、トイレ探しは一件落着。このトイレ、こぶめろは使いませんでしたが、男女兼用になっているので、誰でも使うことができますよ。「烏枢沙摩明王」を感じながらトイレをしてみてはいかがでしょ?

はてさて、遠州巡りをしていて思ったのですが、遠州の人は、ちょっとした逸話をご利益に絡めたりして、演出するのが得意なようですね。東海道をいきかう旅人はお客様で、そのお客様でいかに商売をするかを常に考えてきた歴史があるからなのでしょうか?人はご利益という言葉に弱いモノで(今もですが・・・汗)、ご利益をうたえば旅人は飛びつき、商売繁盛、万々歳ってことだったのかな~?

家康の出身地である三河にも、家康に関する逸話はいくらでも転がっていると思うのですが、こういった話を三河の人は、伝説やご利益化させて、人を集めて盛り上げるといったことをしないんですよね。なぜか町興しが下手クソ。コブメロの実家のある町も、実は「葵の御紋発祥の地」という伝説の城があるのですが、全く知られていないっすよね~(>_<) 幕末には、森の石松事件に関する、清水の次郎長一家との大きな出入り(事件)も、実家のすぐ近くであったのですが、これも知る人ぞ知る歴史になってたりして。最中か饅頭くらい作ったらどうよって、言いたくなるべフヌ

こんな三河の素っ気ない気質とは違っていて、ちょっとした逸話を、前向きなご利益話に演出して、人目を引くように盛り上げてしまう遠州は、なかなかのポジティブ思考なんですね~(*^_^*)

参考までに、烏枢沙摩明王のご真言です。
「オン クロ ダロウ ウンジャク ソワカ」
「オン シュリ マリ ママリ マリ シュリ ソワカ」
二種類あるようです。

トイレ掃除に励みましょうほうき & 悪事は天狗にはお見通しですよじー



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ドグオ&cobumelo

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2017.9.19ブログタイトルを改めました。

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