B フレンズ

穂の国東三河を中心に、三遠南信の歴史と謎、エネルギーを探求しています。ブログタイトル改めました。

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  1. アラハバキ神
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持統天皇三河行幸の謎

前回のアラハバキ神巡りの続きです。

今回私たちは宝飯郡音羽町の宮路山の麓にある「宮道天神社」と宝飯郡御津町側の宮路山中腹にある「白山神社」に行ってきました。

この宮路山は旧東海道沿いにある音羽町と三河湾に面した御津町(みとちょう)にまたがる山で、旧東海道が整備されるまではこの山を越えるルートが東西への街道として使われていたようです。宮路山自体はたいした高さの山ではないのですが、ここの山道は結構きついです(私たちだけかな~^^;)。

まず、音羽町にある「宮道天神社」に行きました。この神社は天武天皇と持統天皇の息子である草壁皇子が住んでいた宮の址ではないかとの伝説があるそうです。

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静かな山に抱かれ、境内内には湧き水があり、住まいにするのにはとても気持ちのいい場所に思いました。

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この小さな祠がアラハバキ神でしょうか?

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神社の説明看板です。草壁皇子をお祀りしています。


何故、草壁皇子がここに住んでいたのかも諸説あり、謎だそうです。

そして、この宮路山の山頂にある「宮道天神社奥の院」へ行ってみました。

宮路山へは途中までは車で登れます。車を止めて、山頂までは山道を歩きますが、結構キツくて、バテバテでした。でも、木立の中の空気は清々しく、湧き水も冷たくて気持ちよかったです。この辺りは湧き水のキレイな所で、近くに湧き水を汲める場所もあるんですよ。その水汲み場には聖徳太子も飲んだと案内看板がありましたよおためしブルー


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宮道天神社奥の院です。以前、ドグオ氏は一人でここへ来て、この神社を覗いた時に、奥に何かがいるような気配がしてとても怖かったといっていましたが、この日は天気もいいせいか、そんな風には感じませんでしたよ。でも、奥にある祠はとても古そうです。これがアラハバキ神だとも言われているようです。


宮路山の山頂には昭和の初期に建立された石碑があります。そこには「持統天皇が三河に行幸された」という内容のことが記されています。そしてまた、この宮路山は壬申の乱の時に陣を張った場所だという言い伝えもあり、歴史の中には全く出てこないことなのですが、この場所(東三河)と持統天皇、草壁皇子に何か関係があるような痕跡がチラチラと残されているのですね~羅琉 満足 御津町(みとちょう)の名前も、天皇が到着された港という意味で「御津」というらしいですよ。

その痕跡の一つが、宮路山の御津町側にある「白山神社」にもあるのです。そこには草壁皇子のお墓があると言われています。天皇になる予定だった草壁皇子は若くして亡くなってしまったようなのですが、葬られた場所がこの地だったとの伝承があるのです。

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これが白山神社にある草壁皇子のお墓といわれている石碑です。

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この白山神社は氏子の数が12,3軒だと言われていて、集落の大きさに比べて神社規模がが大きいと言うことで、それも不思議だと言う人もいるようです。確かに神社の社は立派で大きいです。


実はこの白山神社を探すのに苦労してしまいました。図書館で借りてきた「御津町の歴史などを案内する本」を手がかりに行ってみたのですが、場所が全く分からなくて、あきらめようかと思ったほどでした絵文字名を入力してください

「車が入っていっても大丈夫かしら?」と思えるような細い農道や山道ばかりでしたが、ひょっとしてここではないかと思われる細い道を見つけて、コブメロの愛車バモスで突入してみましたフヌ

バモス一台がギリギリの、「この先どうなってるの~?」という細い山道でしたマジですか

道の脇には白山神社と書かれた灯篭があるので、どうやらここらしいのですが、神社が見当たりません。このままこの山道を進んだら道がなくなってしまいそうで、不安になり、地元の人に聞いてみました。

すると、地元のおばさんは「この道をずっと上がって行けばあるよ。車で行けるよ」と教えてくれましたが、「何しに来たの?」と鋭い目で見られちゃいましたsc04

おばさんの教えてくれた道は、「本当にこんな道を進んでいいの~?」って思えるくらいの凄い道なんです。坂が思ったよりきつくて、車体の重めなバモちゃんはヒーヒーですえーん

たぶん四駆の軽トラだったら楽に行けたでしょうね。四駆の軽トラ欲しいにゃ~羅琉

山道も細く、落ち葉や泥でドロドロになっているので、坂の途中に車を置いて、残りの山道を歩いて行きました。そして、ついに到着しました。

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汗ダクダクでくたびれましたが、神社は夏木立の木漏れ日の中、静かに佇んでいました。この神社はここの集落の人以外は、誰も訪れない神社だと思います。


ただ石碑が残っているだけのこの場所に、本当に草壁皇子は葬られたのでしょうか?

今となっては黙して語らぬ遺跡ばかりですが、チャネリングとかリーディングや霊視が出来る人が見たら何か分かるのかな~~~?なんて思っちゃいます。前世を見たりするのもいいけどさ~、こういうことにチャネリングやリーディングが出来たら面白いと思うんだけどな~ドラ

壬申の乱、古事記、日本書紀の成立、伊勢神宮の縁起に大きく関わったとされる持統天皇ですが、歴史の記録に東三河のこの地に1ヶ月間滞在したと残されています。それも持統天皇が亡くなる2ヶ月前の出来事です。

まるで命を削るかのようなこの三河行幸には、一体どんな謎が隠されているのでしょうか?

東三河の御津町(みとちょう)、小坂井町、音羽町、一宮町などには持統天皇三河行幸の足跡が点在しています。これらにはアラバハキ神との関係も見え隠れしています。もっかのところこの謎に挑戦してみようかと思っています。



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2017.9.19ブログタイトルを改めました。

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