B フレンズ

穂の国東三河を中心に、三遠南信の歴史と謎、エネルギーを探求しています。ブログタイトル改めました。

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ピアスの不思議

もう随分何年も前の話になるけど、こぶめろがピアスの穴をあけた時のこと。

たまたま何かの集まりで、前の会社の先輩にあって、
「ピアス開けたんだ~」と話したら、
「使ってないピアスがあるから、今度持ってきてあげる」と言ってくれた。

そしたら、次に会った時、本当にピアスを持ってきてくれた。

小さなアメジストのはめられた18金のピアス。

「えー、こんないいもの貰えないよー」というこぶめろに、
「いいよー。全然ほんとに使ってないから。気にしないで使って」
と先輩は手渡してくれた。

おしゃれでさりげないピアス。だけど、何となくその時のこぶめろには
合わないような気がして、何年も何年もしまったままだった。

それが、ここ数日前から、何となく着けるとしっくりくるような気がして、
頻繁に着けていた。

そんなある朝。

別の先輩から電話があり、ピアスの先輩が亡くなったことを知らされた。

ピアスを頻繁に着けたくなっていたのはそういうことだったのか。

先輩のピアス、これからも大事にするね。

お疲れ様、ゆっくり休んでください。合掌。


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寝てると来るモノ

ここ数ヶ月でよく起きること。

寝てると、何かが布団の上に「ドカッ」と乗ってくる感覚があって、
金縛りみたいになるんだけど、その乗ってるものの感覚が妙にリアルで
モジャモジャの毛のような物体が見えたり、毛皮のような手触りがあったりする。

先日は、首に巻きついてくる感じがあったので、「こらっ!」と思って、何とかどかした。

この毛皮の感覚は、他界した猫たち(こぶ君、メロンちゃん)のような感じがするんだけど、
なんで奴らがこんな風に出てくるかが不明。
まあ、私の心の中でいつも気にかけているから故の妄想かもしれないけどね

でも、この感覚は、1月に久しぶりにキャッスルインザスカイの瞑想セミナーを受けてからなので、
やっぱ、何らかの大きなエネルギーに触れると、不思議なレアな感覚が来るな~と思う次第でありました。



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ヒーリングサロンharu 行ってきました。

先日、こちらのヒーリングサロンへお邪魔してきました。

ヒーリングサロンharu

こちらのサロンは、かつて私たちのところでレイキ伝授を受けられた方が、この春オープンされたご自宅サロンなんですが、レイキ伝授をきっかけに、その後も色々と勉強されて、ついに念願のサロンを始められたんですよ。

こうやって自分にたちにゆかりのある人が、頑張っててくれてるってすごく嬉しい!感激です

そんなこんなで、お祝いがてらご訪問させていただいたちゅーことなんですが、久しぶりの再会ということもあり、ついつい長々と話してしまいました

最近の私こぶめろは、世俗にまみれ、会社は問題山積みで、自分自身の仕事的な能力にも行き詰まりを感じていたりと、気持ちは荒み、身体は疲れ果てて、夕食食べたらバタンキューと寝てしまうという、生きる屍のようになっております。

はあ~ってな状況の中、久しぶりのヒーリングやエネルギー話に、乾いたスポンジに水が吸い込まれるようなひと時を過ごさせていただきました。

楽しかった

ヒーリングサロンharu、彼女の優しい声に癒されてみてくださいな



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3月18日は精霊の日

今日は何の日?

2月22日は猫の日。2月22日→222→ニャンニャンニャンの日ってことでございます

ウィキペディアによると、世界各国にもある猫の日は、ロシアは3月1日、アメリカは10月29日で、World Cat Dayは8月8日なんだそうです。

我が日本における猫の日は「猫と一緒に暮らせる幸せに感謝し、猫とともにこの喜びをかみしめる記念日」という趣旨で1987年に制定されたということです。

我々も、女王メロン様のご飯、トイレ掃除などなどのお世話ができることに喜びをかみしめつつ、ご奉公、感謝したいと思いまする

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ⓒCobu Factory 2014 by izumiseitai <ペット画ギャラリー>

そんなこんなで「○月○日は●●の日」というのが色々とある中で、「3月18日 精霊の日(しょうりょうのひ)」というものがあります。

今風に言うとスピリチュアルディってな感じの精霊の日ですが、これは柿本人麻呂、小野小町、和泉式部の忌日(命日)が3月18日ということで、そうなっているのだそうです。

ああ、確か、俳句の季語にも「人麻呂忌、小町忌」というのがあって、春の季語になっておりました

といっても、このお三方は生没年ですらはっきりしてないのに、なんで命日が3月18日になるのかが何やら意味不明なんですが、片目の随神の謎で紹介した、谷川健一氏の著書「鍛冶屋の母」の中にも、実は、3月18日についてのことが書かれているのでした。

「鍛冶屋の母」では、まず「一目小僧その他」に書かれている柳田國男説を説明していて、その内容を簡単にまとめてみると、

3月18日は小野小町、和泉式部など漂泊流離(故郷を離れ、遠くさすらい歩くこと)の美女の忌日であるだけでなく、盲目の平景清、一眼を失った鎌倉権五郎景政、キビ畑で目をついたという伝承を持つ柿本人麻呂に由縁のある日であった。

・・・一つ目に関係する人たちに縁ある日ってことですね。

人麻呂と景政の忌日は3月18日とされ、日向の生目八幡宮(いきめはちまんぐう)にまつる景清の祭日は3月と9月の17日である。

・・・3月、9月の18日頃は彼岸の入りです。

もし景政、景清以外の諸国の眼を傷つけた神々に、春と秋との終の月の欠け始めを、祭日をする例が、なほ幾つかあったならば、歌聖忌日の3月18日も、やはり眼の怪我という怪しい口碑(古くからの言い伝え)に、胚胎(兆す)していたことを推測してよかろうと思ふ。丹後中郡五箇所村大字鱒留に藤神社がある。境内四社の内に天目一社があり、祭神は天目一箇命(あまのひとつめのみこと)といふ。そして、この本社の祭日は3月18日である。

・・・春と秋の彼岸の入りに、一つ目に関係する神様を祀る神社で、祭礼を行うということが各地であるならば、歌人の忌日の3月18日も眼の怪我の伝説に事の発端があるのではないかということですね。

そして、谷川健一氏の調べによると、奈良県桜井市の狭井坐大神荒霊神社の祭日は3月18日(現在は4月18日)で、祭神は大物主命、事代主命、ヒメタタライスズヒメ、セヤタタラヒメでタタラに関連した名前を持っていて、一方、9月18日は、鏡作蓮(かがみつくりのむらじ)の祖神を祀る鏡作坐天照御魂神社、倭恩智神社、河内大県郡青谷の金山毘古神社、天目一箇命を祀る近江蒲生郡の菅田神社があり、これらがすべて金属に由縁のある神社であることは注目に値するといっております。

3月18日は金属、産鉄に関係する神社で祭礼が行われることが多いってことのようです。

さて、そんな観点から、地元の豊川市小坂井にある菟足神社とみてみると、その元とされる平井の八幡宮の祭礼は2月最終土日に行われます。そして、菟足神社は4月の第2土日に行われますが、どちらもお彼岸に近い日にお祭りが行われています。

が、しかし、現在行われているこの日取りで昔から祭礼が行われていたのかどうかを調べてみないといかんですね。実際、平井の八幡宮の祭礼は3月第一土日に行われていたのですが、菟足神社の祭礼と日にちが近く慌ただしいということで2月末に変えられた経緯があり、その時々のライフスタイルにあわせてお祭りの日にちが変えられることはよくあるので、もしかしたら元々はお彼岸の頃にやっていたのかもしれませんよね。

平井の八幡宮は元々は鍛冶(鉄)の神様である天目一箇命を祀る多度社だといわれ、平井から神様が引っ越しをしたとされる菟足神社の風祭りも、製鉄で火を起こすことに関わる風から、風祭りになったのではないかという説が本来の姿に近いのではないのかと私たちは想像しています。

また、平井には坂田金時塚がありますが、大江山の鬼退治のメンバーである坂田金時と鉄が関連し、柏木の浜のすぐ近くにある報恩寺には和泉式部の墓といわれる塚があり、人麻呂は持統天皇の伊勢行幸を諌めたといわれているけど、もしかして三河行幸のことだったとか?などと色々と話は繋がっていきます。

ちなみに、今年の菟足神社の祭礼は、4月12日(土)・13日(日)です

さて、多くの歌を残している柿本人麻呂ですが、この方も謎の多い人物といわれています。

草壁皇子、持統天皇、文武天皇に仕えた歌人だということですが、政争に巻き込まれて刑死したという説もささやかれています。持統天皇の伊勢行幸を、人麻呂が農作の妨げになるから行ってはいけないと諌めたことが関係しているのかな?

そして、誰もが知っている「いろは歌」は柿本人麻呂が作者だといわれています。

普通に読めば、

色は匂へど散りぬるを
我が世たれぞ常ならむ
有為の奥山今日越えて
浅き夢見じ
酔ひもせず

という歌で、仏教のお経でいわれる、

諸行無常 ---「色は匂へど 散りぬるを」
是生滅法 ---「我が世誰ぞ 常ならむ」
生滅滅已 ---「有為の奥山 今日越えて」
寂滅為楽 ---「浅き夢見じ 酔ひもせず」

こんな意味があるとされています。

しかし、このいろは歌の7文字ごとを繋いでみると、ある一文が出来上がります。

いろはにほへ
ちりぬるを
よたれそ
つねらむ
うゐのおやま
けふこえ
あさきゆめみ
ゑひもせ

赤字にした文字を並べてみると、

「とかなくてしす」→「咎なくて死す」→「罪がないのに死す」となるのですよ。

昔々、授業の雑談で先生がこんな話をしてくれた時に、「うわ~、凄い、不思議な暗号」とビックリした記憶がありますが、ホントによくできていると感心してしまいます。偶然にしても出来過ぎな感じもあるので、意図的に作られた可能性は高そうに思います。

一体この歌にはどんな意味が隠されているのでしょう?

この歌人お三方には怨念のようなものがあったのではないかという話もあり、怨念を鎮めるために神として神社に祀るという方法もあるので、三人の忌日を精霊の日としたのもそんな意味があるのかもしれませんと思いつつも、いつから精霊の日といわれるようになったのかな?と疑問だわ

さて、地元ネタの3月18日に関わる事柄でいうと、

1965年 3月18日 愛知県犬山市に博物館明治村が開村。

1989年 3月18日 伊藤みどりがフィギュアスケート世界選手権で日本人選手として初優勝。

こんなことがあったようです。

おお、伊藤みどりといえばトリプルアクセル。トリプルアクセルといえば、真央ちゃんよく頑張ったね メダルはなかったけど、自分の求める演技ができてよかったよ あれだけの失敗がありながらも、何故かあの出場メンバーの中では一番エネルギーが豊かに充実していたので、メダルはありえない状況なのにこれ如何にと不思議に感じていたのですが、競技者として、心が最も強く、美しく、そして、世界中を神話的感動に包み込んだナンバーワンだったということかなと思いました

天晴れ


テーマ : 歴史雑学    ジャンル : 学問・文化・芸術

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巳の神社へ初詣

あけましておめでとうございます。今年もエネ研をよろしくお願いいたします

さて、2013年は巳年です。ということで、蛇と神についてちょいとまとめてみました

まず、祭祀の「祀」という字は、巳(蛇)を神として祀ることを意味する字であるといわれ、日本各地に蛇を祀る神社がありますよね。

出雲神話の大国主命(大己貴命)の国造りの中で、最初、共に国造りをしていた少彦名神(スクナヒコナノカミ)がいなくなってしまって、途方に暮れていたところ、海からやってきた大物主神(オオモノヌシノカミ)が協力してくれるという話があります。

そして、谷川健一氏によると・・・、

その出雲の国造り神話の話が、日本書紀の中に、「神光照海」と表記がされていて、それは「神しき光海を照らして(あやしきひかりうみをてらして)」と読ませています。そして、「忽然に浮かび来る者」が大己貴命(オオナムチノミコト)の幸魂奇魂(さきみたま、くしみたま)で、大和の三輪山に住みたいと希望したという。

一方、古事記では、大国主命(オオクニヌシノミコト)が一人で国造りをすることが困難だと嘆いていると、この時に海を照らして依り来る神があり、その神は大国主命(オオクニヌシノミコト)の国造りに協力する代わりに自分を大和の三輪山にいつき祀れと言ったとされ、それが三輪山の神、大物主神(オオモノヌシノカミ)であるという。この神は蛇神であることが記紀で語られている・・・。

また、出雲の佐太神社で11月下旬に行われる神在祭では、佐太の近海で捕えられた海蛇が神社に奉納されるのだそうです。海蛇は龍蛇様と呼ばれ、祭りには無くてはならないものだということです。

この海蛇は、夜、海の上を渡ってくる時、金色に輝く火の玉のように見えるようで、その金色の火の玉をすくうかの如く、網で海蛇を捕えるのだとか。

六角の亀甲紋が神紋の出雲大社ですが、神紋の由来はこの海蛇の背の紋をかたどったとされています。

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では、この海蛇の正体は何なのでしょうかというと、動物学者の上田常一氏によると、それは南方産のセグロウミヘビだということです。

陰暦の10月頃(新暦の10月下旬から12月上旬)、冬の季節風のはしりが、西または西北の方向から出雲の海に吹くと、セグロウミヘビは黒潮の流れから押し出され、岸に近づいてくる。毎年決まった頃にやってくる金色に光るこの海蛇を、人々は龍神の使者として深く信仰したということです。

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<セグロウミヘビ。尾の部分に模様がある。コブラ科に属し猛毒あり

実際のセグロウミヘビの姿は、背が黒く、腹が黄色をしていて、腹の黄色の部分が海中で光って見えるため、金色の火の玉のようだといわれ、それが「神光照海」となり、蛇神様として神社に祀られるようになったということです。そして、古事記や日本書紀に出てくる「海を照らしながら来る神=大物主神、大己貴命の幸魂奇魂」と「国造りをしようとしていた神=大国主命、大己貴命」などが混合したような形になり、大己貴命、大国主命、大物主神=蛇神様となり、各地の神社にお祀りされたということですね。

セグロウミヘビからとったという出雲大社の六角の亀甲紋ですが(出雲地方の神社には亀甲紋が多いという)、豊川市一宮の砥鹿神社の神紋も同じ亀甲紋なんですね。


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<東三河地方でよく見かける交通安全ステッカー>

ということで、我々は、巳年にちなむ神社ということで、地元、三河国一宮の砥鹿神社の奥の宮へ行ってまいりました。砥鹿神社というと、以前モ吉が蛇のお食事シーンに出くわしたという逸話がありますが・・・。その話は以前「オオナムチのお食事」という記事にしてありますので、よかったらご覧くださいね


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<砥鹿神社の八束穂神社の前でお食事中の蛇。たぶん雀を丸飲みしておるかと

毎年初詣には、砥鹿神社の里宮の方へ行っていましたが、今回は、本宮山登山をかねて、奥の宮へと歩いて行ってきました。

砥鹿神社の奥の宮のある本宮山へ登るルートとしては、新城市側の登山道と岡崎市側の登山道があります。新城側のルートは、急な階段状の山道や岩場のある道のりでけっこうキツイという話ですが(一日何往復もする人もいるという・・・)、反対側の岡崎のくらがり渓谷側のルートは、坂道を登っていくという山歩きのような道のりです。「くらがり」という名が付いているように、山道は山の影になっているところが多いですが、山道沿いには川が流れていて、なかなかいい雰囲気だと思います。

きついルートはまたの機会ということで、今回は緩やかな山道の岡崎市のくらがり渓谷側からダラダラと山頂を目指してみました。

歩くだけのコースとはいえ、ずっと坂道を歩いて行くのは、なかなかしんどいことで、途中で汗ダクダクになってきました。出発時に寒くて背中に貼りつけたカイロをはがしました

「うへ~、またまた殿筋が痛い~」と少々ヘロヘロになりながら、約2時間ほどで砥鹿神社奥の宮へと到着。さすがお正月だけあって、いつもは閑散としている駐車場も賑わっておりました。おまけに、登山の服装をした人たちもたくさんいてちょっとビックリ。私たちは登山の道中あまり人と行き合わなかったので、おそらく新城側のルートから登ってきたのでしょう。お疲れ様でございます

そして、奥の宮でお参り。石の階段の上り下りが身体にこたえる。ヒイヒイ・・・。

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もちろん、健脚の神様であらせられる荒羽々気神社にもお参りして、下山。帰りは2時間かからずに下りれましたが、往復約14キロちょいの道のりお陰で、尻や太ももなどがギシギシ軋むような筋肉痛でヨタヨタになりました

本宮山登山は朝飯前で、登った後は喫茶店でモーニングして帰ってくるのが日常なんちゅーつわものもいるんですが、運動不足のなまけた足にはこたえる登山でした。でも、楽しかった~ 確か、私は小学生低学年の頃に新城側のルートから登ったことがあるのですが、すごく面白かった記憶なんですよね。たぶん、岩場をよじ登ったりするのが楽しかったんだろうけど、大人の身重になった体ではどうなんでしょう?と思う所ですが、今度は新城側からチャレンジしてみたいと思いまふ

さてさて、大己貴命をお祀りしている神社はどこかと近所をざっと見てみると、豊川市一宮町の砥鹿神社の里宮と本宮山の奥の宮、豊橋市石巻町の石巻神社、豊川市御津町の御津神社、静岡県森町の小国神社、愛知県稲沢市国府宮の尾張大國靈神社などがありますよ。巳年にちなんでお出かけしてみてはいかがでしょうか。

おまけ。

本宮山登山の後、ちょうど帰り道の途中に天恩寺があるので、初詣に立ち寄ってみたのですが、なんと、仏殿の扉が御開帳していて、内部の厨子を間近に拝観することができたのです

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<天恩寺 仏殿>


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<内部の厨子>

前回、夏に訪れた時には、扉は閉ざされていて、「やっぱ中の厨子は見せてもらえないんだよね・・・」と思っていたので、感激のひと時でした 合掌


テーマ : 神社仏閣    ジャンル : 学問・文化・芸術

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新城市川合☆乳岩(ちいわ)散策+いぼとりの庚申塚のお話

新城市川合(旧鳳来町)に乳岩峡といわれる峡谷があります。乳岩および乳岩峡は昭和9年に国の天然記念物として指定されています。

峡谷のシンボルである乳岩は標高675メートルの岩山。乳岩には洞窟が多くあり、乳岩を一巡出来るように、はしごなどが設置されています。中でも最大の乳岩鍾乳洞には子安観音が祀られています。この洞窟に入ることを“胎内めぐり”というそうです。

乳岩を一巡する時間は20分ほどで、途中の通天門といわれる、門のような橋のような岩の向こうには、明神山を眺めること出来ます。まるでアルペンのようだとか囁かれる明神山ですが、結構人気のある登山スポットのようですよ。

この辺り一帯は、フリークライミングでも有名な場所です。ただし、国定公園なので法律で保護されており、傷つけたり汚したりすると罰せられることもあるので注意が必要です。

さて、5月の下旬の話ですが、五月晴れのとある休日、乳岩へと散策に行ってきました

奥三河の観光地と言われる場所って、平日は実にスカスカのそっけない状態が多いので(^_^;)、乳岩も誰もいないような状態なんだろうな~、なんて行ってみたら、何台か車が止まっていて、人が訪れている様子でした。

フリークライミングの名所だったり、明神山へ登山する人も多いそうなので、そういった人が訪れているようでした。

私たちは単なる散策なので、川沿いの道をブラブラと乳岩方面へと歩いてくと、エプロン&つっかけ姿のオバチャン二人連れも、川沿いの岩場をブラブラと歩いていました。これはいかにも近所の人ですね。この日は晴天のとても気持ちのいい日和だったので、お散歩にでも訪れたのでしょうか

乳岩へ行く途中には、こんな橋がかかっています。なんとも昭和の風情といいましょうか、苔むした雰囲気が素敵な橋です。

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そして、これが乳岩で・・・、

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この岩を一巡します。

さて、乳岩の岩場に到着です。こんな岩を登って行きます。はしごは垂直に近い部分もあったりして、少々ハードな部分もありですが、面白いです

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はしごの途中でみた景色。

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通天門からの明神山です。

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子安観音、たくさんの石仏が祀られている鍾乳洞の内部から下を眺めたの図。

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鍾乳洞からの眺め。岩の影と新緑の緑が、猫のような形になってます(*^_^*) ウニャ

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胎内めぐりと言われる、洞窟内部の様子。

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修行に籠るのに良さそうな場所です。修験道と言われる人たちが、修行をした場所なのでしょうか?


乳岩の岩場に続く山道に沿って、乳岩川が流れています。白い河床に澄んだ水。木漏れ日が水面にキラキラと踊っていて、とってもキレイで涼しげです。

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最寄りの駅は、JR飯田線、三河川合駅です。そこから徒歩で30分ほどの(60分と説明している旅行ガイドもあり?)道のりで乳岩峡に到着します。

駐車場もありますので、クライマー向けのこのHPを参考にしてみてください。

夏のお出掛けに、また、秋のハイキングに訪れてみてはいかがでしょうか(*^_^*)

さて、もう一つのお話です。

先日、豊川市小坂井町の善住寺に祀られている、いぼとりのいわれがあるという庚申塚に行ってきました。

ここは、庚申様の線香の灰をつけて、イボ取りのお願いをして、成就したら、線香をひと束お供えしてお礼をするということです。

庚申様の真言は、「オコウシンデ コウシンデ マイタリ マイタリ ソワカ」です。

前に、このお寺のいぼとりの話を友人T氏にしたら、「そこの灰をもらってきてくれ」と結構しつこく言っていたので、線香をあげてお参りをして、灰を少々分けていただきました。

どうやら、T氏は灰を使ったエネルギーワークをたくらんでいる様子です。何をするのか見当もつきませんが、この盆休みにT氏のところへ灰を持って遊びに行くので、さて、どうなるかはお楽しみです♪

「皮膚病一切奇妙」と呼ばれ、あらゆる皮膚病に効果があると伝わる謎の整体技がありますが、T氏の場合は、何かに練り込んで、「皮膚病一切奇妙エネルギー膏薬」でも作るつもりなのかなぁ?





テーマ : スピリチュアル    ジャンル : 心と身体

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粟ヶ岳・阿波々神社へ登る♪

春らしさを感じる日が多くなってきましたね。ってことで、先日、粟ヶ岳・阿波々神社へとハイキングに行ってきました

粟ヶ岳へと登る車道は、運転好きの私もさすがに対向車が来るとちょいとビビるので(-_-;)、今回はハイキングコースを使って登ってみることにしました

調べてみたところでは、登山口から山頂までは、距離にして4キロほどで1時間くらいで登れるとのことだし、登山口にある東山いっぷく処、JA近くに車も駐車できるとのことだったので、山歩き初心者の私たちでも何とかなりそうな感じです。

さて、この日は暖かく風もない晴天。絶好のハイキング日和。車を止めて、さあ、スタートです


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駐車場からの山頂を眺め。坂道の斜度は結構アリです。


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ハイキングコースの看板に従って登って行きます。


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坂道、きっ、きついです・・・(*_*; 登り始めて10分くらいで汗だくになってきました。


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斜面は茶畑になっています。登る途中でも富士山が見えました~(^◇^)
富士山を見るとなぜかテンションが上がる愛知県人です(^_^;)


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ところどころに看板が出ていますよ。


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木々に覆われた山道を抜けると、廃寺となってしまった無間山観音寺です。
建物も朽ち果てて、ひっそりとたたずんでいます。


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天明二寅年と書かれた石仏は今もここに坐しています。
“春の日の石仏坐して何思ふ”byいずみん


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寺の背後には、阿波々神社旧社殿への階段があります。危険なので登ってはいけないそうです


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なので、階段わきにある看板に従い、左手へと歩いて行くと・・・。


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阿波々神社の旧社地へと出ました。上に登ってきたせいもあるのでしょうが、ここへ来たら、ヒュッと空気感が変わったように感じました。「何でだろう?」と思いつつ、山頂方向へと向かうと、ここから磐座のある森へと踏み込んで行くのでした。


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ご神木の杉。


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森の中の木。コブだらけですね。


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古代祭祀場の跡と言われる場所。


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天空へと続くかのように真っすぐに立つ木。


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森の中は巨大な岩がゴロゴロしています。


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磐座の森からの阿波々神社の眺め。


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神社の左側にある遠州七不思議といわれる無間の井戸。

さて、時計を見てみると、私たちの鈍足でも一時間くらいで登れたようでした。一部坂道がきつかったですが、何とか登れましたね~。はあ、やれやれ。

ということで、阿波々神社へお参りして、売店で一休み。山頂には、売店やトイレがありですので、安心&便利ですね。


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売店の二階は展望テラスになっています。そこから見た富士山ですよ♪富士山の手前に移っているのは桜です。枝には、春のオーラをぎっしりと詰め込んだかのようなツボミがいっぱいで、花開く時を待っているといった感じですね。桜と富士山の取り合わせは絶景でしょうね~(*^_^*)アッパレ日本ですね

売店のおばさんに聞いたところ、車道は15分くらい余計に時間がかかる程度とのことで、帰り道は車道を歩いてみました。


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上から下界を見下ろすの図。この日はちょっと霞んでいたので、太平洋が何となく向こうに見えるかな?といった景色でしたが、空気が澄んでいる時には伊豆半島まで見えるそうです。

粟ヶ岳の車道は、南面にジグザクに作られているので、ほとんど日向を歩いて行くような感じになります。その南面の斜面には、お茶の木で“茶”文字が書かれています。静岡空港からも見えるとかいう話ですよ。

確か、前回登った時には、車道にある側溝には、蓋がしてなかった所が多かったような気がしましたが、最近工事をしたような形跡があって、蓋がしてある部分が増えていました。蓋があるのとないのとでは、運転のしやすさがずいぶんと違ってきますので、多少は運転しやすくなったのかな?なんて思いました。でも、まだ蓋のしてない部分もあるので、この部分で車のすれ違いになったとしたら、ビビりそうです


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なんてことを話しながらテクテクと降りること約1時間、やっと駐車場まで到着です。下り坂は膝や股関節に響きますね(-_-;)

さて、ここから反対側になる粟ヶ岳の山のふもとの真倉温泉の近くに、「百観音」という観音様が祀られているという場所があると聞いたので寄ってみました。


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観音様の頭上にシュッと流れるような光が写り込んでいました。光線とレンズの加減かな?と思いますが、そういえば、田峯観音に行った時も、同じような光が写り込んでいたので、観音様に共通する光なのでしょうかねぇ?


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新しい観音様がたくさん奉納されています。古い観音様はいずこへ・・・?


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岩陰にお地蔵さま。

ここは、観音様のお蔭で日清戦争から無事に帰還できたという伝承があるそうです。

観音様の背後の山は磐座になっていて、岩がゴロゴロしてて凄いですね。阿波々の磐座と同じ地質なんだと思いますが、同じような印象(感覚)で、阿波々の森を彷彿とさせるような自然のエネルギーを感じました。

ある本に天津神(アマツカミ)の天降り(あもり)の仕方がこんな風に記述されていました。

・・・神は大空を船に乗って駆け下りてきて、目立った山の頂に到着する。そして、山頂を出発し、山の中腹を経て山麓に降りてくる。そこで、人々が前もって用意しておいた樹木(御陰木・みあれぎ)に神が依り付く(憑依)。人々は、神が寄りついた樹木を川のそばまで引っ張って行く。川に到着した神は、樹木から離れて、川の流れの中に潜り、その姿を現す(幽現)。これが神の誕生であり、このようにして神が地上に再生することを神の御陰(御生・みあれ)と呼ぶ。そして、この神が川中に出現する時、神を祀る巫女=棚機津女は、川の流れの中に、身を潜らせ(ククリヒメ)、御生れ(みあれ)する神を流れの中からすくいあげ、神の一夜妻となる・・・。


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粟ヶ岳の山頂に降り立った神は、中腹を経て山麓に降りてきて、この場所のこの岩の樹木に寄り付いたのではないか・・・、といった妄想ができてしまうような岩と樹木だな~、なんて思ってしまいました(^_^;)

さてさて、これから陽気もどんどん良くなっていきます。桜の名所としても有名な粟ヶ岳は、気軽に山登りができて、景色も楽しめておススメですよ。私たちのようなナマクラな脚力でも何とかなったので、通常の体力があれば何とか登れると思いまふ(^◇^)ぜひ、皆さんもハイキングにお出かけしてみてくださいな



テーマ : スピリチュアル    ジャンル : 心と身体

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二つの犬頭神社

「開運・和のお守り文様366日」という本があります。「誕生石」「誕生花」があるように、お誕生日別の和の文様を紹介した本です。



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文様というのは、着物の絵柄を想像していただければいいかと思います。日本にはたくさんの文様がありますが、言葉のない古い時代から使われていた文様もあることから、この「和の文様」には、古の人々たちからの隠されたメッセージがあるのではないかという視点で、タロットカードの絵解きの手法、数秘術、各種の故事、語呂合わせなどを使って、和の文様の意味が解かれています。

皇族の方たちは、各自それぞれに「お印」といった文様があり、それをご自分の持ち物に使われています。このような習慣に肖り、私たちも、この文様を自分のマークに使ったり、お守りにしてみるのもいいですよね。また、自分以外にも、家族、友達などの文を調べて、何かをプレゼントする時に使ってみるのも楽しいと思います

自分たちも、家族や友達、周りの何人かの文様を見てみたのですが、なぜか結構その人に合っているというか、その人を現わしている文様が出てくるので面白いですよ。

これによると、私は「日月文」。本名に「日」が二つ付くくらいだし、俳句用の名前にも「卯」という文字を使っているので、こんな所でも太陽と月にご縁があるなんて、嬉しいなぁと思いました

そして、モ吉は「犬文」。犬文は、子供の着物に使われる可愛らしい文とのこと。戌年生まれで犬文と出るなんて、大爆笑でした(^◇^) おまけに「犬は一生食いっぱぐれがない」と言われるのも何となく納得かな~、なんて。ワンワン

さて、犬の話題が出たところで、愛知県豊川市千両(ちぎり)町の佐奈川べりに「犬頭神社」というのがあります。

五穀、桑蚕と関わりの深い「保食神(うけもちのかみ)」を祭神とする神社です。三河地方で最も古いとされる銅鐸が、この近くの「才の神」から出土していて、これをこの神社の宝物としています(現在は桜ケ丘ミュージアムにて保存・展示)。


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東三河は、古くから桑蚕が盛んな生絹、生糸の産地で、特に生糸は「犬頭糸」と呼ばれ、朝廷に献上され、その上質な糸は大変喜ばれていたそうです。「今昔物語集」には、「犬頭糸」まつわるこんな伝説が残されています。

三河国の郡司は妻と妾を持っており、この二人に蚕を飼わせて、糸をとらせていた。ところが、どうしたことか、本妻は蚕を全部死なせてしまい、糸がとれなくなってしまったので、郡司は、妾の家の方ばかりに行き、本妻の家に寄り付かなくなってしまった。

蚕がいなくなると家も貧しくなってしまった。従者二人を残すだけの、心細い生活に、本妻は、嘆き悲しんでいたが、ある日、屋敷の桑の木に、一匹の蚕を見つけ、大事に育ていくと、日ごとに大きくなっていった。

ところが、その蚕を、飼い犬の白い犬が食べてしまった・・・。

それを見た本妻は激怒し、白犬を撲殺しようとしたが、思いとどまり、「蚕一つ飼うことができない自分が情けない・・・」と泣いていると、突然くしゃみをした犬の鼻から白い糸が二筋出てきたので、不思議に思いそれを引っ張ると、次から次へと糸が出てきた。そして、たくさんの糸を巻き取ると、白犬は力尽きたように倒れて死んでしまった。

本妻は「これは神仏が犬となって助けてくれた」と思い、屋敷の桑の木の下に丁重に埋葬した。それ以来、本妻はたくさんの糸をとることができるようになった。

そんなある日、夫の郡司が本妻の家の前を通りかかり、その家のひっそりたした様子が気になり、家の中に入ってみると、本妻が一人で多くの糸を扱っていた。

その糸は、雪のように白く光沢があり、とても上品であった。郡司は不思議に思い、訳を尋ねると、妻はありのままを報告した。これを聞いた郡司は驚き「神仏の加護深き人を粗末にしたのは間違っていた」と後悔し、妾のところには行かなくなった。

犬を埋めた畑の桑でつくられた繭糸の美しさが有名となり、この物語を国守から朝廷に申し上げ、その後はこの糸を「犬頭白糸」と呼んで朝廷に納められ、天皇の御衣に織られるようになったということです。



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このようなお話が残されていますが、この話の背景を、白犬というのは、蚕の頭を拡大してみると耳の垂れたワンコによく似ているので、それを現わしているのでは?とか、白犬というのは農奴のことの置き換えで、蚕(=繭)を口に入れたのは、農奴ではないか、その農奴が口の中で転がして糸をとる方法を知っていた(本妻は糸口が見つけにくいタイプの繭を作っていたのではないか)、といった感じに読み解くこともできると解説する方もいらっしゃいます。面白い解説ですね

以前のブログでも紹介していますが、東三河地方は、古くから機織りに関係していたということで、その痕跡をいたるところで見ることができます。犬頭神社の近くには、籰繰神社(わくぐりじんじゃ)、服部神社がありますが、犬頭神社で繭を出し、わくぐり神社で糸をとり、服部神社で織り上げて朝廷に献上していたそうです。

さて、もう一つの犬頭神社が岡崎市宮地町にあります。こちらは「糟目犬頭神社(かすめけんとうじんじゃ)」という名称で、式内社です。祭神は、彦火火出見命(ひこほほでみのみこと)。もとは和田郷糟目(現在の上和田町)の場所にあった神社が、矢作川の洪水で流され、現在に位置に移転したということです。


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こちらの白犬の伝説は・・・、

上和田城主宇都宮泰藤が、鷹狩りの折りに、この神社の境内の大杉の下で休憩をしていた。

すると、大杉から大蛇が降りて来て、城主を襲おうとしていたが、気づかずに眠りこんでいた。その時、連れていた白犬が大蛇に気付き、城主に知らせようと吠えたが、大蛇に気付かなかった城主はまた眠ってしまった。それでも犬は吠え続けるので、眠りを邪魔された城主は、犬の吠えることに怒り、犬の首をはねてしまった。はねられた犬の首は、飛び、大蛇の喉に噛みつき、大蛇を退治し、城主を救った。

城主は、驚き、後悔し、忠犬の霊を慰めるため、犬の頭を「犬頭霊社」として手厚く葬った・・・。

また、もう一つ、上和田城主、宇都宮泰藤は南朝の忠臣で、足利尊氏が京都で晒していた新田義貞の首を密かに奪い、この神社の池中の塚に埋め、その首を隠すために犬頭伝説を流布させ、犬頭霊社をお祀りしたと伝えられていると・・・。



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同じ名を持つ神社ですが、岡崎の犬頭神社には、犬頭白糸物語との関係は伝わっていないという話もありますが、実際のところ、今昔物語の犬頭白糸の話は、どちらの神社の事を言っているのかは不明な点もあるそうです。しかし、同じ名前の神社を持つ所に、何らかの関連性があるのではないかと推測したいところですね

さて、先ほど、ちらと登場したわくぐり神社ですが、古くから農業、養蚕のご神徳が高く、特に安産・子育てのご神徳あらたかな神社として知られています。大正時代より皇室へ御安産のお守りを奉献されています。


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創祀は雄略天の頃と伝えられ、祭神は保食神(うけもちのかみ)、稚産霊神(わくむすびのかみ)です。


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階段を上って行くと、神社です。

さて、わくぐり神社の前に国道151号線がありますが、この道路の向こう側にも鳥居が見えます。


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豊川沿いにあるその場所に行ってみると、鳥居の真ん中になんと本宮山を遥拝することができるのです。ここは、わくぐり神社の旧社地のようですが、あらま~、なんともすごい景色じゃないですか!これは何かありそうなにおいが・・・。クンクン・・・




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竜の柩から山本勘助への雑談

3ヶ月ほど前のことです。

当院に時々お見えになる方が施術中にいきなり、「あることを検索していたら、おたくのブログにヒットしちゃったんですよね~」とおっしゃいました。突然こんな話を切り出されたドグオ氏は、「ええーっ、ウチのブログですか?!」と一瞬焦りながらも、「何を検索していたんですか?」と尋ねてみました。

この方は風林火山でおなじみの軍師“山本勘助”と古代の製鉄をする民などに興味があり、それらについて調べていたら、アラハバキというキーワードが導き出され、そこから当ブログの「アラハバキ」にたどり着いたということでした。

この方とは、今までこのようなブログ話などは一切したことがなかったので、突然こんなことを言われてドグオ氏は正直うろたえちゃいました^^;

私たちがブログでアラハバキを扱った理由は、持統天皇が東三河に滞在した“三河行幸”という歴史的事実の謎を探っていたら、なぜかアラハバキを祀る神社に行き着いてしまったことからでした。大和朝廷の王権が、確立したのが持統天皇からで、時同じくして伊勢神宮も確立したようです。大和王権とそれ以前の神(出雲系、さらにそれ以前の神)との勢力争いなのかな?といった謎から調べていたわけです。

こんな話をしていると、この方は「竜の柩/高橋克彦著」という小説があると教えてくれました。私たちはこの本を読んだことがなかったので、早速読んでみました。内容は、アラハバキやら日本国内の古代ピラミッドや古代文明の話やら、シュメール文明やらモヘンジョダロ、カッパドキアなどなど、超古代文明がてんこ盛りの面白い小説でした。最後はUFO話になっちゃいましたが・・・^^;

そして、この「竜の柩」を勧めてくれた方は、武田家の謎の軍師とされる山本勘助の本当の姿は、一体なんだったのだろうかという点を探られていたようです。ちなみに山本勘助はこの豊川、豊橋が出身地と言われていて、お墓も残っているようですが、実在は不明でもあるのです。

この方の仮説によると、山本勘助は実は戦争の軍師ではなく、製鉄に関係する技術集団のリーダーで、鉱脈を探し出すために各地を転々とし、武田家のために働いていたのではないかということでした。

また、古代文明の謎を紐解いていくと、製鉄を扱う集団には一つ目小僧の伝説もあるようです。山本勘助も片目だったといわれています。そして、山本勘助はドラマや小説の中では、諏訪の姫様との関係が深く描かれています。

なぜ諏訪とこれほどまでに勘助が係わり合いがあるのかを探っていくと、古代の出雲から諏訪へ製鉄の技術集団が移動した、逃げた痕跡が見えてくるのです。タケミナカタ神が、出雲を追われて諏訪に落ち延び、諏訪大社の神様として祀られているという伝承に行き着くのです。このエピソードは、古事記や日本書紀には「国譲り」の話として書かれています。

古代の出雲は砂鉄の良質な産地であり、鉄を作るタタラ製鉄という技術がありました。その技術を持った集団が、東へ移動する拠点のひとつが諏訪でもあったようです。製鉄に携わる人たち、いわゆる鍛冶職人などは製鉄時の高熱により、目を患い片目になる人たちが多かったようです。山の中にこういった集団が生活しているのを見て、恐れた人々が一つ目小僧伝説を作り上げたようです。この話は、柳田国男などの民俗学などにおいても記述されています。

また、一つ目小僧を表すのが山本勘助で、武田家に滅ぼされた諏訪氏でありながら武田家を継いだ勝頼を生んだ姫様を、諏訪の象徴として見ることもできます。こういったことから勘助は、製鉄を伝えたり、製鉄に関係する鉱脈を探す役目であったのかもしれません。武田家は金鉱脈を山梨県に持っていたそうです。こういったことにも山本勘助は関係するのではないでしょうか。

山本勘助の生誕地といわれる豊川市には諏訪町という地名があり、この諏訪町のすぐ近くには山本勘助の墓もあります。

「竜の柩」の中には、日本の古代文明を追いかけていくと、「竜」「竜神」などの痕跡が残っていると書かれています。ヤマタノオロチ伝説の出雲、竜神伝説の残る諏訪大社などが出てきます。ローカルネタになりますが、豊橋市には“蛇穴”と呼ばれる洞窟があり、この穴は諏訪湖に繋がっているとの伝説があるようです。

涼しくなって来た今日この頃、秋の夜長の読書に「竜の柩」はいかがでしょうか。オカルトチックな超古代文明探求小説にドップリ浸かってみてはどうですか?

面白い話を教えてくれた近所のKさん、ありがとうございました。


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「竜の柩」は遮光器土偶をご神体とするアラハバキの神を探すところから話は始まるのです。


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おんみょう道

9月の週刊文春のコラムに劇団ひとりの面白い話が載っていました。

その内容は『無償の愛』についてでした。

『無償の愛』とは何でしょうか?本当に存在するのでしょうか?ただ一方的に愛情を注ぐだけの美しくも儚いものなのか?

彼はそんなロマンチックな愛の形を探して、ある日駐車場で拾った石を見て、“この石を愛してみよう”と突然思いたちました。

石はしゃべらないし、動かない、花も咲かせません。何の見返りもないその石を心から愛することが出来たら、それこそが『無償の愛』になるはずだと彼は思ったそうです。

彼はその石に名前を付けることにしました。イッシーくん、ストーンちゃんなど候補は色々とあったのですが、「石原さん」と名づけました。「石原さん」だと男か女か、年齢の先入観が少ないので好都合のようでした。

彼は「石原さん」と一緒にお風呂に入り、話しかけ、寝る時も枕元に置き、外出もポケットに忍ばせるなど、とにかく一緒にいる時間を心がけました。

話しかけているうちに、挨拶だけでなく普通の会話も違和感なく出来るようになり、きっと石だけに口も固いはずと、人には言えない悩みも「石原さん」には心置きなくいえるようになったそうです。

ある日、上下左右も存在しないと思っていた「石原さん」に、顔があることに気づき、同じような石のひかれた駐車場の中に石原さんをポイッと投げても、確実に「石原さん」を探し出すことができるようになったそうです。

「間違えないような確信、それは僕が石原さんを心から愛することが出来た証拠なのかも」と彼はコラムを結んでいました。

前ふりが長くなりましたが、これを読んで、以前やっていた遊びを思い出してしまいました。

その名も『おんみょう』。これは日常にあるものすべて、拾った石や木、器、チビた消しゴム、空に浮かぶ雲なんでも結構、とにかく名前を付けてしまいましょうというお遊びです。

5,6人で集まって、俳句の句会の形式をそのままいだだいて、お題のモノに一人ひとりが名を付け、匿名で投票し、一番点数の集まった御名(おんみょう)をそのモノの名前と認定しましょうという不毛感満載の遊びでもあります。まっ、みうらじゅん的なノリですね。

モノには元々名前が存在しているのですが、その名前以外に、そのモノの持っている雰囲気とか価値、触感、匂い、オーラなどから湧き出てくる感覚で名前を付けてみましょうということなのです。奥が深いような、やっぱり不毛なような・・・^^;

そしてこの道は『御名道(おんみょうどう)』といい、それを極める人は『御名師(おんみょうじ)』と賞賛されるのです。

かなりフザケていますが、やってみると奥が深くて面白いです。盛り上がりすぎて深夜までやったこともありますが、最後は皆さんナチュラルハイになっているので、出てくる名前が“のぴょぴょー”とか“へげもげ”とか意味不明になっていましたねぇ~(-_-;)

当時はフザケて遊んでいただけですが、今振り返ってみると、これはかなりスピリチュアルな行為だったなーと思います。

最初はモノの固定観念のイメージに捕らわれたネーミングだったのですが、回を重ねていくと、だんだんと固定観念を忘れたようなネーミングが出てくるようになるのです。そのモノが持っている本質に触れるというか、マインドそのものになってしまうというか、何ともいえない不思議な感覚へ導かれるのです。

その不思議な感覚へ導かれて出てくるものが、“のぴょぴょー”だったりするのですが、この名にはそれくらい奥深いスピリットが込められていたりもするのです。

自らの手で新たに名前を付けたモノたちには、親近感というか、愛着というか、妙な感覚も湧いてくるのです。

参考:御名にならぬものなし


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ドグオ&cobumelo

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本日は「B フレンズ」ブログに、ようこそいらっしゃいました(^^)

穂の国東三河~三遠南信地域を中心に、歴史や信仰、伝説の謎などの探求しています。そして時々エネルギー研鑽も♪

2017.9.19ブログタイトルを改めました。

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